第2話 『あらかわ遊園』
トモコパラドクス・2
『あらかわ遊園』
「残念ね、明日だったら『川の手荒川まつり』があったのに」
友子が「チッ」と舌を鳴らした。
結成四日目の家族は、連休の二日目を「あらかわ遊園」で過ごしている。
他に有りそうなもんだと一郎は思ったが、妻の春奈と娘の友子の意見が一致したのだからしかたがない。
「荒川の名産品なんかが見られるんだって」
「荒川の名産見てもな……」
「荒川周辺て、再開発が進んで人口も増えてるから、マーケティングリサーチの値打ちあるかもよ」
「仕事の話はよそうぜ、休みなんだから」
「あなたは新製品開発のプロジェクトチームなんだから、アンテナ張ってなきゃダメじゃん」
「ま、いずれにしろ、『川の手荒川まつり』は明日なんだから、仕方ないだろ」
「そういう態度がね……」
と、夫婦ゲンカになりそうなところに、友子が戻ってきた。
「明日は、お墓参りだもんね。はい」
友子は器用に持ったソフトクリームを配給した。とりあえずバニラ味の冷たさで、ヒートアップは収まった。
「ね、こっち、一日に生まれたばっかりのヤギの赤ちゃんがいるよ!」
「走ったら、アイスおちるぞ!」
「そんなドジしませ~ん」
ふれあい広場にいくと、親のヤギに混じって、生まれて間もない三匹の子ヤギがのんびりしていた。ここに来るのは、幼児の範疇に入る子連れの親子が多く、鈴木一家は浮いて見えないこともないが、雰囲気は十分周りに馴染んでいた。
「こんなのはディズニーランドや、スカイツリーじゃ味わえないもんね」
子ヤギが、なにか楽しいのだろう、ピョンピョン跳ね出した。
「チャンス!」
友子も、ピョンピョン跳ね出した。
「ねえ、タイミング量って連写して!」
一郎は分からなかったが、春奈がすぐに反応した。スマホを連写モードにしたのだ。
「アハ、これかわいい!」
「どれどれ」
子ヤギ三頭と友子が、同時に空中浮遊しているように見える写真が二枚あった。
「あ~、これいいけど、おパンツ見えてる」
「いいわよこれくらい。健康的なお色気。ウフフ」
それを聞きつけた女の子が遠慮無く覗きに来て「わたしもやる~!」ということで、あちこちで、おパンツ丸出しジャンプ大会になった。
それを見て無邪気に笑っている友子は、AKBにいてもおかしくないほど明るい少女であった。
「ここだと、スカイツリーがよく見えるんだ!」
観覧車に乗ったとき、めずらしく一郎が反応した。
「ね、穴場でしょ」
友子が得意そう。
「ちょっとあなた、手を出して」
「え……」
「はやく、もうちょっと下!」
「ああ、こうね」
友子の方が理解が早く、いい写真が撮れた。まるで、友子の手の上に乗っているようにスカイツリーが写っていた。
「荒川って、銭湯の数が日本一多いんだよ」
スカイサイクルに乗っているときに、友子が言った。
「荒川の子って、そういうところで青春してるんだ。ちょっとオシャレじゃない?」
そう言って、背中を向けると、友子はアリスの広場に向かった。今の友子の言葉に仕事のアイデアとして閃くものがあったが、お日さまのまぶしさでクシャミをしたら、吹っ飛んでしまった。まあ、一郎の職業意識というのは、この程度のものであり、同じ美生堂(みしょうどう)の社員としても、夫としても不足に感じるところだった。
「ここ、こっちに来て」
セミロングの髪を川風にそよがせながら友子が手を振った。
「どうしてここなの?」
春奈が、ランチボックスを広げながら聞いた。
「ここはね、まどかと忠友クンが運命のデートをするとこなの」
「なんだい、それ?」
「これよ」
友子が、リュックから青雲書房のラノベを出した。
「『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』……これ、ともチャンが行く学校じゃない!?」
「うん、ドジでマヌケだけど、わたし、話も登場人物も好き。こんな青春が送れたらいいなって思っちゃった。ね、ここ、なんでアリスの広場っていうか知ってる? 知ってる人!」
友子が自分で言って、自分一人が手をあげた。
「あのね。荒川リバーサイドの頭文字。ね、ARSでアリス」
「ハハ、オヤジギャグ」
春奈が笑った。
「オヤジの感覚って、捨てたもんじゃないと思うわよ。その『まどか』の作者も六十歳だけど、青春を見つめる目は、いけてるわよ。忠友クンが、キスのフライングゲットしようとしたとき、そのアリスの広場のギャグが出てくんのよ」
「ラノベか……」
そう呟きながら、一郎も春奈も、サンドイッチをつまみながら『まどか』を読み始めていた。のめり込んで一章の終わり頃までくると寝息が聞こえた。
友子が、ベンチで丸くなって居眠っている。
一郎は、初めて友子に会った時のことを思い出した。
羊水の中で丸まった友子は天使のようで、とても三十年ぶりの再会とは思えなかったことを……。
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