新人教育

たちばな立花@ピッコマノベルズ配信中

第1話

「ルールゥ?!」


 素っ頓狂で大きな声が響き渡った。僕達の他には誰もいない。そんなに大きな声を出さなくても僕には聞こえているのだから、もう少し静かな声で話してくれても良いと思う。


 なぜこんな子の教育係にされてしまったんだろう。じゃんけんで一番にちょきを出す癖が出てしまったせいなんだけど。


 こんな頭の悪そうな子、本当に仕事できる?


「そう、ルール。一応ね、この規則に則って仕事をする必要があるんだ」

「あっつ! 何これ! ほぼ広辞苑じゃない!」

「まずはこれを全部覚えて」

「はぁっ?! 覚えられるわけないでしょ?!」


 仕事をするには規則を覚える必要がある。それをできないと言うくらいなら、採用試験受けないで欲しいんだけど。


 はー。この子は何日持つかな。前の子は三日で連絡がつかなくなった。初歩の初歩しか教えてないから、別に良いけど。


 何も教えなくて使える子が欲しい。まぁ、専門職だし、この道のプロになるには時間がかかるから無理なんだろうけど。


「覚えなくてもいいから、一回は目を通して。これに抵触すると君が後悔することになる」

「ど、ど、どうなるの……?!」


 さっきから、敬語すら話せてないんだけど。なんでこの規則には「先輩には礼儀を持って接すること」って項目がないんだろう。


「読んだらわかるよ。書いてあるからね」


 あ、眉間にシワが寄った。それを探すために今夜時間を使ってくれることを祈るよ。頭が良ければ罰則事項が最後の方にあることは安易に想像できる。まあ、十分かからず確認できるだろうけど、彼女みたいな脳き――考えるよりも動くタイプの人間だと、朝日を拝むことになるかもしれないけど、どうせ全部読まなきゃいけないんだから、ちょうどいいよね。


 規則を破ると教育係も二時間の講習があるんだ。


 ああ、絶対に破らせない。


「じゃあ、これから中を案内するからついてきて」


 僕は彼女を連れて迷路のような道を歩く。彼女の顔は呆然としてついてくるだけだった。


「この迷路を抜けた先が転生門。この道のりは早く覚えて」

「な、なんでこんな所に巨大な迷路があるわけ?!」


 一々声が大きいな。二人しかいないんだから、もっと静かに話せないの?


「勿論、転生予定者がこちら側に入ってこないため。この迷路にはセンサーが付いているから、職員以外は回収されるんだ」

「鍵の付いたドアじゃ駄目なの?」

「昔いたんだよ。職員から鍵を盗んで逃亡した人が。それ以来、迷路で迷っている間に回収されるようになった」

「なんていうか、馬鹿みたいな対策ね?」


 それは迷路ができた当初、皆が思ったさ。けど、なぜかこの迷路が出来てから、回収率も百パーセント。文句も言えない。


「まあ、職員である限り何時間迷っても回収されないから安心して」

「安心できるわけないじゃない! つまり、迷ったら出られないんでしょ?!」

「新人は迷路時間も考慮されるから安心して」

「そんなの全然喜べない! マニュアルないわけ?!」

「そんなもの作ったら、転生予定者に奪われるだけだからね。残念ながらないよ。作るのも禁止」


 そうこうしている間に、迷路を抜けた。慣れれば十分もあれば出られるんだ。


「ここが転生門。これに関するルールは五百三十二頁から。これは最重要項目だから、暗唱できるまで覚えて」

「なんで?! ただ、転生させるだけの簡単な仕事でしょ?! なんだぅてこんなにルールが多いわけ?!」


 もう、ほとんど叫び声に近い。耳を塞いでいても聞こえるくらいだ。


 他の職員達がジロジロとこちらを見ている。そりゃあ、こんなにうるさかったら気になるか。はぁ……あの時のちょきが悔やまれる。


「何勘違いしてるか分からないけど、ここでは最重要項目、魂を扱っているんだ。ルールが多いのも当たり前だし、簡単でもない」

「ええっ!? 給料が良くて、簡単って聞いてたのに……!」


 あの求人情報直した方が良いと思う「未経験者歓迎! 誰にでもできるお仕事です!」とか書くからこういうのが来るんだよ。上層部はわかってない。


「まあ、その規則読んで頑張って。一応言っておくよ。転生部異世界転生課へようこそ」


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