3057 総司令官代理契約

 ちょうど昼食が終わった頃、領主からの知らせが来た、今すぐ領主館に来いって。


 妙だ、普段は領民事務など、出入りしてる人が多いはずだが、何故かいまは一人もいない、今日は土曜日だとしても、一人もいないなんてありえない、代わりに入り口の傍に数台の馬車が泊まっている、どれも高級そうな馬車だ。



「あれ?これは…各城主の専用車両だよ?」


「ええ?嚮後さん知ってますの?」


「あったりまえよ、仮にも次期領主だし、いらないけど。」


「それもそうですね。」


「とりあえず入ろっか。」


「うん…」


 各城主がここで集まっているのか?このタイミングで?もしかして、千月の件か?



 うちらは事務員に案内され、大きな会議室に入った。


「おお!来たか。」


「はい、領主様、みんなも一緒です。」


「ああ、よく来た、まずは座れ、みんなに紹介してやろ。」


 長い卓だ、まさに会議室にピッタリの卓、領主がその上位席に座っている、そして両側は6名ずつ、合計11名の中年オヤジと1名の中年婦人が座っている、14脚ある椅子は残り一つしかない、千月はその残された椅子に堂々と座った。


 多分この中に、千月の指揮下の予定である城主もいるだろ。


「済まないね千月さん、会議の招集と事前説明は少々時間がかかった。」


 なるほど、この3日の引き篭もりはそのためだったのか。


「宇志よ、こいつが例の?」


「ああ、先日言った件の、千月さんだ。」


「はい、皆様、お初にお目にかかります、千月です、よろしくお願い致します。」


「こんな小娘で!?」


「青二才め、どんな手を使った!まさか色仕掛けを…」



 バタンッ!



「…え?」


「これ以上お姉様に失礼なことを言ったら、ぶち殺しますよ?」


 わぁ……、佑芳のやつ、いきなり切れた、あいつの椅子を消され、床に倒れた。


 っていうかどこから学んだセリフだ!千月からか!?教育悪いぞ!


「はっ!こんなチンケな超能力しかできない貴様など!」



 チンンンーーー!



 天上が…瞬間移動に近いスピードで、暴言を吐くもう一人の城主の喉に、刀で寸止めをしていた。


「あの子の言う事、聞こえなかったか?口を慎め。」


「…………」


「あなたは…天上さんではありませんか!?」


 唯一の女性である城主は、凄く驚いた様子。


「天上?こいつが噂の!?」


「ええ、以前姫様の誕生日宴会で偶然会ったことがあります。」


「ふん!例え貴様でも、我ら12人に勝てるはずが無かろう!」


「確かにお前ら全員と同時に相手をしているなら勝てないだろうな…」


 なに!?こんなオヤジ達、そんなに強いのか!?


「だがお前ら、なにか見落とされてないか?我は一人ではないぞ?」


「あん?」


「皆様!自分も付いていますよ!」


「貴様は…セントラルではないか!」


「セントラルだ!本当だ!」


「はい!昔の戦友達よ、このセントラル、皆を助太刀するために参りましたぞ!はっはっはっ!」


 なるほど、昔の仲間か、それなら強いのも頷ける、多分全員はセントと同等の戦闘力を持っているのだろ。


「叔父さんと叔母さん方、あたしもいるよ?」


「お、お嬢!」


「嚮後お嬢様が何故ここに!?」


「お嬢は領土事務に参加しないはずが…まさか!」


「はい、此度の反乱平定戦、あたしも参加するわ。」


「そ、そんな!」


「宇志兄!これはどういうことだ!?」


「と、とにかくセントの兄ちゃん、立ち話もなんだ、座れよ。」


「いいえ、その席は千月様のものです、自分は千月様のお側に控えて頂ければ十分です。」


「様って…こんな小娘が…」


「建率の旦那、例えあなたでも、今の自分の主である千月様に無礼な働きは行うと、許しませんぞ?」


「「「主ぃぃーーー!?」」」


「皆、落ち付け、上手く説明できなかったのは私の落ち度だ、だがこうして直接に会うと、もうわかっただろ?」


「まさかセントラルの旦那が…」


「流石にびっくりしましたわ、ねえセントラル、説明を貰えないかしら?」


「もちろんですとも、菊美女史よ、では千月様の素晴らしさを、皆さんにも共有してあげましょうぞ!」


 わー…、セントのやつ、ここまで信奉しているのか…、ありえなくない?出会ってから1ヶ月しかないのに?



 それから半時間程、セントはペラペラと千月が今までの偉業と偉大な志を講義した、もちろん機密事項を伏せている、戦術頭脳に対で若干誇張もあるが、概ね間違いないな。



「……まさかそんな出鱈目な事が全部この子の仕業…」


「雲林防衛戦の戦勝情報が入った時、俺も驚いたぞ、まさかそれがこの千月っという者が…」


「ああ、ゆえに今回の件はなぜ城主の皆さんに何の相談もせず、私が独断で決めたのかを、これで納得するだろ。」


「つまり天上さんとセントラル、あと嚮後お嬢様も、この千月さんの配下になったのですか…?」


「配下ではありません、みんなは私の大切な仲間です。」


「…仲間だとしても…、こんな戦闘力を持つ超能力者が数人も同行しているなんて…」


「…事情はわかった、だが少々軽率過ぎないか?いきなり前線6座の城も譲ることは…」


「…え?建率の旦那、いまなんと?」


「あん?セントラル、宇志が独断で前線6座の城砦が、内乱平定までに、この千月に総司令を任命するって話だ、聞いてないのか?」


「ええーー!?初耳だわよ!!」


「お嬢も知らない…?」


「すみません、皆さん、私言い忘れました。」


「アンタね!」


「6座?それだけではないだろ?」


「ああ、天上さん、私と千月さんの先日の約束では、前線6座の城砦と、台南北部境内全軍3万人の指揮権だ。」


「「「はあぁぁぁーー!?」」」


「なんと…千月様、いつ頃の事ですかな?」


「うん、初日の夜ですね、ホテルと領主館の間にある庭園で偶然出会いましたわ。」


「その日の夜ですか…」


「フフフ…、大したものだ千月、まさかいきなり全軍の指揮権も一気に取ったとは…、流石に我も驚いたぞ。」


「しかし丁度いいじゃない?そうなれば色々とやりやすくなったし。」


「待った、宇志よ、俺は納得いかないぞ?例えセントラルが言ったことは全部事実だとしても、流石にこれは軽率すぎると思う。」


「軽率…か、確かにそうかもしれない、先日は確かに興奮しすぎた、千月さんの話によってな。」


「領主様…まさかここでなかったことにするつもりですか?」


「いや、君のいうことはもっともだ、確かに私たちはこのまま現状を維持するのはよくない、しかし私たちは現状を打開できる程の力はない、それゆえ、君の力を頼りたいのも事実だ、先日の約束はそのままにしておこう、ただし条件を付け加えてくれ。」


「それは?」


「ああ、まずこの指揮権の話だが、君はあくまで傭兵の立場として雇うことになるのだ、つまり総司令代理、各城主より上位だが、最終の決定権は私にある、そして君はもし失敗したら、損害度合によって賠償をさせて貰う、最悪一生ここで働いてもらうことになるぞ?もちろん君の仲間達も一緒だ、これは契約書だ、傭兵用にな。」


「……これは……」


「オヤジ!そんなのあんまりだよ!人を頼るのにそんな高圧な態度でいいの!?」


「別に強制ではない、千月さんは拒否しても、この話はここで終わりだ、この台南は相変わらず、客として君たちを歓迎するよ。」


「そして相変わらずの現状維持っていうの!?」


「仕方あるまい、領主の身にもなれ、例え天上さんとセントラル、そしてきょうちゃんのお墨付きだとしても、私たちにとっては初対面の人間だ、いきなり信用するのは少々無理な話だろ。」


「いいのよ、嚮後さん、それで領主様、私が勝った場合どうするの?契約には書いてませんけど?」


「ああ、それについでは、終わるまで伏せてくれないか?少々言いにくい話だ。」


「なんなのよオヤジ!はっきり言えよ!勝ってもなにも貰えなかったらどうしてくれるのよ!契約に書いていないものは反故されても文句を言えないじゃないか!」


「それも条件の一つとして受け取ってくれ、リスクを承知した上で、それを受け入れるかどうかを。」


「…………」


「オヤジ!人を馬鹿にするのも限度があるじゃないか!見限ったわよ!こんなオヤジ、いらないわ!ちーちゃん、あたしたちは自分でなんとかしてみせるわ、こんな…」


「嚮後さん!」


「ち、ちーちゃん?」


「領主様のやり方は正しいのです、見ず知らずの人間にいきなり一国の戦力も任せることなんてありえないでしょう?裏切られてはどうするの?」


「ちーちゃんはそんな人じゃないでしょう!」


「それは嚮後さんにとってでしょう?領主様と各城主にとっては、私達はただの傭兵ですよ?傭兵を全般的に信用する将はどこにあるの?嚮後さんはいずれ領主になる身でしょう?簡単に人を信用するなんていけませんわよ?それでは領土と領民も守れませんわ。」


「…っ!」


「流石は千月さん、話がわかる人だな。」


「しかし領主様、やはりこの契約書だけでは納得できません、口約束でもいいの、ここにいるみんなも人証として聞き届けてください、私が勝ったら、私に有利なものを提供してくれる約束を。」


「もちろんだ、この場では言えないが、私からの報酬は、恐らく君の想像以上の代物だ、もし君が勝ったら、君の器と功績に合う報酬を提供すると約束しよう。」


「わかりました、この条件で受け入れましょう。」


「ちーちゃん!」


「千月様!本当にいいのでしょうか!?」


「ええ、こんな所で立ち止るわけにはいけません、どんなに不利な状況でも、私が打開させてもらいます!例え報酬が貰えなくても、私達の力を証明できます!」


「おお…、やはり千月様ですな、器の大きさは私達と全く違いますぞ!」


「フフフ…、まあいいだろ、内乱のままでは、この先もやり辛い、台南は一丸にするだけで、我らにとってもいい報酬だろ。」


「そうです、天上さんの言う通りです、では領主様、契約成立しました、私達はこれからどうすればいいのでしょうか?」


「ああ、ここに各城主もいるので、まずは拠点についでの話をしよう。」



 こうして、千月は正式に、台南北部の総司令官代理になった。


 この先はきっと困難の道のりだろ、たかが3万人、防衛ならともかく、広い台南南部を攻撃するには少々もの足りない、だが千月なら、きっと何かの策があるはずだ。

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イブ・メモワールー隔離された台湾ー アニキ @HOSHIYOMIDAITI

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