3054 大きな前進

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 うちらは領主館の数軒隣にいる大きなホテルに泊まった。


 嚮後は実家に戻った、自分の家があるからこんなホテルに寝る必要もないしな、それと旅の支度をするつもりらしい。


 領主とセントはそれから執務室に籠もった、晩餐にも出席していない、どうやら千月の話は結構効いたようだ。


 千月はホテルの庭で散歩している、大きくて綺麗な庭だな、部屋も高級だし。



「ねえいーちゃん、私、もしかしてまた何か間違ったことをしたのかな?」


『ああ?さっきの説得か?』


「うん、領主様はなんか怒っているみたい、もしそれって援軍も貰えなくなったら、どうしょう…」


『まあその時はその時だ、この面子だけでなんとかできる策もあるじゃないか?』


「うん、しかしやはり兵力がある方がやりやすいですね。」


 マジかよ…、試しに言ってみるつもりだった、本当に策があるのか?戦場も状況もまだわかっていないのに?


「うん?あれは…領主様ではありませんか?」


 あれ?本当だ、なぜこの庭に…ああ!


『千月、さっき領主館からこのホテルまでの道は曲がっているのだろ?多分このホテル、領主館の後ろに建っているらしいぞ?』


 つまりここの庭は領主館の後ろにいる庭園と繋がっているのだ。


「そうですか、道理でこんなに広いですね。」


 千月は迷わず領主の隣に行った。


「こんばんは、領主様。」


「うん?おお、確か…千月っと言ったな。」


「はい、さっきの無礼な行い、本当にすみませんでした。」


 ペコリっと、千月は軽く謝罪をした。


「…………」


「……領主様。」


「君は何も悪くない、悪いのは私だ、君の方が正しい、十分理解している、しかし…」


「やはり娘さんの事が心配ですね?」


「ああ、隠してもしょうがない、本当にきょうちゃんにそんな事をさせたくない、しかし君の指摘に何の反論もできない、はあ……」


「領主様、小鳥はいつか成鳥になり、巣から飛び出すことになるのです、その辺の理屈、領主様は私なんかより理解しているはずです。」


「ああ、そうだな、その小鳥は、遂に飛び出す時が来たのか。」


「嚮後さんはもう25才です、しかも領主の娘です、田舎の出身で、しかもたったの18才だけの私なんかより十分の資格と資質があるはずです、戦場指揮官としても、個人の戦闘力にも、こんな所に篭っていては、宝の持ち腐れです、世界にとっては損になります。」


「……さっきセントから聞いた、君はこのパーティのリーダーだったな?」


「り、リーダーだなんて…」


「謙遜する必要はない、セントも私も、そして今各城主を務めている昔の戦友達も、かつての主のような方は、もう一度現れることを望んている、君のような、志と力を併せ持つ人物を。」


「力だなんて…」


「すまんな、きょうちゃんとの戦いと雲林の戦いも君の仕業だと、セントから全部聞いた、長い付き合いだ、元々あの人は隠し事を下手でな、無理矢理全部引っ張り出した。」


「そうですか…」


「セントは主の死後、こんなに活き活きしているのを初めてだ、昔の主と共にいる頃のセントに戻った、いっぱい喋ったぞ?君の凄い所を、かつての主以上に…」


「恐れ入ります…」


「セントは君に酔心した訳だ、君とたった数分だけの会話と、セントから聞いた話、私もその理由は十分理解した。」


「ありがとうございます…」


「この7年、確かに平穏だった、主様が私達を率いて、この手で勝ち取った平穏だ、しかし主様の志は、このような小さな平穏だけではない、一部の人間だけの平和ではなかったはずだ、もっと…」


「そうです、もっとです!」


「ああ、平和とは、毒だった、私もその毒に侵されているようだ、現状を維持したい、このまま一生に、娘と妻と一緒に平穏で暮らしたい、しかしその場所はここではない、戦乱は雲林だけでなく、この台南にもいま起こっている、小さな戦闘とはいえ、やはり見て見ぬふりをしているのはいけないんだ。」


「そうです、今は安全の場所などいません、このままでは、いずれ戦乱に巻き込むことになります、本当に平和で暮らしたいのなら、台湾を…」


「ああ、台湾を統一する、隔離前の…昔のような本当の平和を取り戻す、それこそが、安全で平穏な場所だ、それもかつての主様の目標だったはずだ。」


「そうです、きっとそう!」


「会ってからたったの数時間しかないのに、自分の愚かさを全部知らしめた、そしてかつての志は今一度、燃え上がった、君のような人なら…」


 領主は、真剣な眼差しで、千月を見つめていた。


「千月ちゃん…いや、千月さんよ、内乱平定までの間、不肖な娘を含め、君にこの台南北部全軍3万人、前線6座の城砦の総指揮権を譲る。」


 はあぁぁぁーー!?


「はい!ありがとうございました!」



 とんでもないことになった!


 千月のたった数分の演説だけで、7人しかない戦力から一気に小国レベルまでに増大したぞ!


 セントの手柄も大きいな、もしかしてさっきわざとセントだけ執務室に残すのもそのためか?


 朝のその不気味な笑いは、まさかこの事態を予測したから?いやいやそんな訳がないだろう、流石に一気に全軍も貰らえるなんて予想外だったはずだ…多分。

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