2036 戦争ごっこ
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数時間後、お互いの準備が整った。
セントの一存では決められないことなので、さっき伝令は春ねえの所へ裁断を求めに行ったが、なぜかあっさりと承認された。
そして天上の命令で、布袋城から1000名の兵士を借り、この布袋城南方の小さな平野で、両方が距離を離れ、待機している。
それにしても千月のやつ、ここ数時間は布袋城の城主から一歩も離れていない、兵士の調達中も、退屈な確認作業も、何故か全部参加している、うちらと関係なくない?
そして開戦前、うちらは間もなく戦場になる平野の真ん中で、お互い最後の確認を行っている。
「ではいままで通り、武器持ち込み禁止、全員素手、兵士の中で低位能力者が居れば能力の使用は可能、ただし殺害はもちろん厳禁、昏倒か行動不能になったらそのまま戦場から除外…」
まったく、聞けば聞くほど、本当に戦争ごっこだな、これは。
「あの…お嬢様…、自分達はこのまま投降してもよろしいでしょうか?」
「何をいうか!まああたし相手では勝ち目がないっていうのもわかるけど、こんなんじゃ認めないわ!」
「はあ……。」
「ねえねえセント、さっきから黙って聞いていますが、なんか変じゃない?」
「変?千月様、どこが変ですかね?」
「まずはどうして戦う前にいきなり降伏ですの?」
「それは…お嬢様はこの三年間、負けたことないです、はい…。」
なに?だからさっきは負けっぱなしって言ったのか。
「そうですか、フフフ…」
「千月様?」
「いえ、何でもありません、あとね、嚮後さんからの条件は勝つだけで、負けたらどうするか言ってませんわ。」
「そ、それは…」
「フフフ…セントラル、まさかアンタの従者達はなにも知らないというの?」
「お嬢様、実はこの方は…」
「まああの若さなら多分新人さんでしょうね、知らなくても無理はないわ、三人ともすごく可愛いね、その可愛さを免じて教えてあげるわ。」
「お、お願いします…」
「あたしこそはこの台湾でもっとも知略が優れる、人呼んで無敗の戦姫よ!」
「…………はあ…………」
なんだろ…、この中二病全開のやつは…
「あたしは負けるはずがないから、負けたあとの条件を提示する必要もないわ!」
「はあ…しかし負けたらどうなのよ?」
「人の話聞いてないの!?負けるはずがないって…」
「負けるわ、あなた。」
…え?
「な…こ、この小娘、一体なにを…」
「ち、千月様、お嬢様はこの三年間の嫌がらせは本当に全戦全勝ですぞ?」
「嫌がらせっていうな!」
「あ、失礼しました!失言しました!」
「なるほどね、セント、この戦い、私に任せてくれないかしら?」
「え?」
ええ!?悪い予感ばかり当たってるぞ!
「フフフ……」
千月のやつまた変身したぞ!
「ち、千月様に巻き込む訳には…」
「セント、千月の言う通りにしてやれ。」
「て、天上様!」
「確かに我ら抜きでは勝てないだろう、どうせ負け前提のいくさだ、千月の好きにしていいだろう。」
「負け前提って…」
「セント、なぜ苓蘭はこんな茶番を付き合うのか、理解できてないようだな?」
「はあ…確かに理解に苦しむですな…」
「もういいかしら?そろそろ時間よ、この子、とても可愛いから、先程の無礼な行い、許してあげるわ。」
「フフ、ありがとう、しかし負けたらどうなるか、まだ言ってないわよ?」
「そうね、万が一あたしが負けたら、特別に、あたしの友達になってあげるわ。」
「わい!ありがとう!」
っておい!そんなのいいのか!?
1時間後、戦いは始まった。
……そして、あっさりと、終わった。
「そ、そんな…ありえない…」
たったの1時間で、嚮後の全軍1000人は、独りも残らず、全滅された。
こっちの被害は百人未満…圧勝だ、なんか、やりすぎない?
「い…一体どういうことですか!?」
「フフフ…」
セント超びっくり、天上は何故か不気味な笑いをしている。
まあうちも千月の戦術を聞いた時から勝てると思うが、まさかここまでとはな。
「ち、千月様…一体何を起こったか…教えてくれませんか?」
「そうね、天上さんも聞きたい?」
「ああ、ここまで圧倒的だったとは、確かに想定外だ、興味深いな。」
「はい!天上さんのためなら何でも教えてあげますわ!」
「あ、ああ、頼む。」
千月の戦術は、実にシンプルかつ効率的だった。
ここは元々広大な養魚池集中地、典型的な沿海地方の地形利用だ、しかし隔離後、色んな原因でやむなく放置された。
そして十数年後の今は、整備されていない排水路は塞がれ、養魚池だった大量の池も大抵干上がり、今は一辺の平野になった。
しかし元々塩化が酷い土地なので、しかも元々池だった土、かなり軟らかく、ここ数年の戦争ごっこで、大勢の人がこんな土の上で踏みつけたせいで、地勢が徐々に凹んってる。
昔の地形情報など、千月は当然知らない、全部うちから聞いた話だ。
「しかしそれでもこんな事態にはなりませんぞ?」
「ええ、私は最初から最後まで、ここの城主と一緒にいるわ、兵士の調達も含めてね。」
「それはどういう…」
「兵士の能力の確認か?」
「天上さん正解よ、そう、嘉義城にいる時もよく見かけたわ、基本的な能力しか使えない、弱い能力者をね。」
ああ、確かにそうだ、少量の水流、ライター程度の火炎、大きさは掌程度の土操作など、生活用途にも成れる様々な弱い能力者が居る。
「ええ、今の台湾では徐々に日常化になりましたな。」
「一般人でも超能力が使えるのなら、兵士になれる人はどんな能力者が居るのか、最初は興味本位だったけど、予想外の組み合わせが発見されたわ。」
「予想外?」
「ええ、それは、簡単な土操作と水流操作、あとコンクリート操作よ、どれも小さい範囲しかないけど、数人も居るので、十分だわ。」
「それだけでこんな…水攻めを成せたのですか!」
そうだ、ここまで聞くと流石にわかるだろう、これはすごくシンプルかつ効率的な、水攻戦術だ。
排水路は塞がれたが、それは導流堤だけだ、水路自体は塞がれていない、この辺りの地勢は凹んているので、周りの大きな排水路より低くなった。
そして千月は最初、突撃命令を出し、いきなり敵陣の中に突っ込めた、数分の乱戦後、あちらの采配で、こっちが損害を出す一方であった、その後急に後退指示を出し、みんなバラバラで周りの雑草の中に隠れていった。
この荒廃された土地、長年戦場になった平野以外、周りはほぼ巨大な雑草により覆われ、周りの状況はまったく見えない。
もちろん嚮後もバカではない、いきなり無闇の突撃、その後はいきなりの後退指示、しかも雑草の中に隠れている、誰もが罠だと思い、警戒するのだろう。
しかしその警戒による現地待機は、命取りになった。
あとは簡単だ、予め周りの排水路に配置していた土操作とコンクリート操作能力者で、堤防と塞いてる土を少しずつ除去したあと、空いた小さな穴から水を湧き出した、そしてその僅かな水を、水流操作で少しずつその水圧を増強し、穴もどんどん拡大した、長年整備されていない堤防は、その圧力に耐えられない、徐々に崩れ、最後は一気に決壊した。
しかし普通ならすぐ発見されるはずだが、視界は雑草に遮って、大量に流れ込んて来た洪水すらも見えなくなった、そして洪水は雑草を経て、四方から敵側まで流れ込んた時、もう遅かった。
こっちの兵士はとっくに脱出されている、戦場中央にいる敵は、最初は転倒され、最後は次々と悲鳴をあげ、全軍混乱状態になった。
実は水深はただ腰の程度しかない、しかしいきなりの出来事と水流による衝撃、こんな戦争ごっこばかりの兵士達にとってもう耐えられない恐怖だった。
「そんな…単純な戦術が…」
「そうよ、ネタを明ければすごく単純なのよ、多分嚮後さんもすぐわかったわ、長年この土地で戦っているし、こんな単純な戦術、嚮後さんでも練れるはずよ、つまり嚮後さんの敗因は…」
「慢心…ですか…?」
「逆よ、警戒し過ぎたわ。」
「なん…ですと…」
「嚮後さんもわかるはずよ、慢心はいけないって、あんな出鱈目な突撃、僅かな慢心を誘い出したけど、その後いきなりのかくれんぼは、突撃自体は罠だと悟り、僅かな慢心はすぐ一転し、普段以上の警戒心を引き出せることができたのよ、こっちが隠れたあと、あっちは動かなかった原因はこれなのよ。」
「なんと…ここまでの計算を…」
「そして一番の原因は、嚮後さんは本物の戦争を経験したことないでしょう。」
「本物の?」
「そうよ、所詮人を死なせない戦争ごっこ、人を殺せない戦術ばかりをして、思考はかなり制限されたわ、この水攻も、嚮後さんにとって危険性が高いものでしょう、だから思い付かないし、警戒もされてないわ。」
その通りだ、普通なら、雑草に隠れるなんて自殺行為だろう、発火系超能力者があれば、一発で全滅される、そうなこともできない、もしくは思いつかない原因は、そこにあるだろう。
「なるほど…見事だ、まさか相手の思考ロジックまでも掌握したとは、実に見事な戦いだ。」
「し、しかし千月様、確かに水深は腰程度しかありませんが、下手をしたら溺死者も出るはずでは…」
「海水よ?簡単に溺死しないはずよ?」
いやそれはちょっと間違っているけどな…まあいいか、確かに死者は出ていないし、こっちの部隊も全員救助活動に入った。
「フフフ…」
天上また不気味な笑いをしてるぞ。
「嚮後さん、実は人並以上の戦術頭脳を持っているわ、あの乱戦中の的確な指示、無闇に突っ込んたら確かに勝てないわ、しかし所詮駒を操れる才能しかないわ。」
「駒…」
「そう、真の戦略家と戦術家は、戦う環境、戦いの法則すら操れるのよ、つまり盤上の駒だけではなく、そのゲームのルールすら、盤面自体までも、自在に操れる人なのよ!」
「ああ…、なんと、何という…」
「ねえちゃん…凄すぎるぜ!」
「私、お姉様に付いて来てよかったですわ!」
「フフフ…くくくっ…ああ、もう何年か、何年も心底から笑ったことない我は、今日本当に心から、笑いが止まらない…フフフ…。」
「天上様…」
「どうだ?嚮後よ、感想は?」
「…え?」
後ろに向くと、何故か嚮後はしょんぼりした顔でそこに立っていた。
「えええーー!!嚮後さんいつからそこにいるの!?」
「千月様…最初から近くに居るのよ、お嬢様は…」
「あ、す、すみません嚮後さん、別にあなたのことを見下ろす訳では…」
「…………。」
「この程度のことは、嚮後さんも出来るはずです、今回はたまたまで…」
「確かに戦術自体は大したことないけど、怖いのはあの心理戦と心理状態の掌握、あとあたしの思考を完璧に推理出来る能力よ…、アンタの戦後分析、もし聞きそびれたら、多分あたしは今でも、どうしてあんな子供騙しの水攻に負けたのか、理解できないでしょうね。」
「フフフ、嚮後、それだけではないぞ、気づいてないようだな、お前。」
「え…?」
「天上様…まさかまたなにかあったんですかな!」
「嚮後は知らないのも無理はない、なにせ初対面だからな、だがセント、お前おかしく思わないか?」
「え…?」
「セントなら知ってるだろう?千月は馬車すら乗ったことないのだぞ?ここの地形についで、その情報はどこから手に入れたのか、疑問を感じないか?」
「そういえば…」
「なに!この小娘、馬車も乗ったことない…!?」
「ああ、正確にはさっき乗ったのが初めてだ、この千月、この辺りに来たのは今日初めてだったな。」
「つまり…この辺りの地形情報は、全部嘉義からここまでの道中だけで…」
「ああ、多分な、とんでもない観察力だ、だがそれでも、昔の情報はどこから貰ったのか、説明が付かないな。」
「小娘…いえ、千月さん…。」
「は、はい!」
「よくわかったわ、今回は素直に、戦術上の負けを認めるわ、ただし!」
「は、はい!」
「こうなったら意地でも取ってやるわ、あたしは絶対に、雲林防衛戦の指揮権を取らなければならない、故に千月さん!」
「はい!」
「アンタに、一騎討ちを申し込む!」
「はい!って、ふえええーー!?」
「確かに兵士達は全滅されたわ、だが指揮官であるあたしはまだ残ってる、最後の悪足掻きをさせてもらうわ!」
「そ、そんなーー!?」
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