1023 千月のちから

「あいつだ!指揮官というやつだ!」


 おお、早い、この光量だ、この5階くらいの高さだと、すぐにも発見出来たな。


 赤ずきんの情報によると、白い髪の老人だ、黒い指揮官専用の軍服を着ている、あいつに間違いないだろう、今はちょっと離れた所から、この惨状をただ見ていて、ぼーっとしてる。


「よし、さーちゃん、門はあいつの目の前で開いて。」


「え、ねえちゃん、この門は僕の前にしか開かないよ?」


「ああ、私達をあいつの前に移動するように開けばいいのよ。」


「あ、そゆことか!」


「ゆうちゃん!あいつの背後から強い風を起こし、門の中に押し込んて!」


「はいですわ!」


 そして、指揮官がいきなり、うちらの目の前に現れた。


「え?な…なんだ…?」


「アンタが指揮官ね?」


「あ、あああ…お、おまえがやったのか…」


 千月はいきなり、人指し指で、あいつの眉間を指した。


「跪け!」


「ひ…ひぃー!」


 あ、あっさりと跪いた、腰抜けたな、こいつ。


「変なことをしたら、アンタの首はすぐ体とさよならグッバイだよ?」


 な、なにその可愛らしい脅迫…


「ひぃぃーー!」


 え…、こいつにとっては恐怖しかないな。


「私の言う事をよーく聞いてくれたら、逃してあげるわ、じゃないと、地の底まで追い付くし、手足は一本ずつ切り落としたあとぶっ殺すわよ?」


「は、はい!こ、殺さないてくれ!いや、ください!」


「では、今すぐに全軍撤退して、南部まで、撤退を!」


 #


 朝9時。


 夜が、明けた、今度はブチ太陽ではなく、本当の夜明けだ。


 佐佑は船艙の床で、ぐっすりと寝ている。


 結論から言えば、今回の奪還作戦、北部同盟の完全勝利で終わった。



 今更だが、どうして千月は、あんなざっと見れば余計な事をしたのか、終わったあとすぐ理解した。


 火を消す必要もなく、ただものを運んていけば、燃やすこともできる、だが人間、一瞬光が無くし、いきなり失明状態になったら、まず下意識的に動くことができない、危険だからだ、それに物を全部飛んたら、普通一番の反応は逃げることだろう、だから敵を全員そのままじっとしまえば、殺傷力が増えることが出来る。


 佐佑は高火力の大範囲攻撃ができないと悟った今、基本的に基礎能力しか使えない、さらに生き物に直接攻撃の手段がないから、基礎能力の応用で、間接的な攻撃しかできない。


 見事な応用だ、ただ基本的な物体位置の干渉と火を消すのみで、まさか数分だけで本陣を壊滅されたとは…しかも佐佑の負担も最低限だけで止まってる。


 こんな大きな爆破ショーも、結局敵指揮官を脅かすための演出だけだろう、あの惨状は全部千月の仕業だと思わせ、一人だけで全軍も殲滅出来る力が持っているという錯覚を与え、脅しの効果も高くなる。


 終わった後も、すぐ赤ずきんに知らせていない、報告は、敵が撤退態勢に入った後からだ、それゆえ、敵本陣の火攻以外、双方の死傷者は皆無、元々北部の領地だから、制圧の必要もない。


 作戦開始から領地全奪還まで、僅か5時間、運の要素も結構あるが、その上にあるのは、千月の戦術だ。


 何という…恐ろしい人、あんな精密的な、心理戦も含めた戦術、まさか敵本陣を観察している間の数秒だけで、全部脳内でシミュレーション出来たのか…


 それとあんな人格の変わり様、もうどっちが本当の千月なのか、わからなくなった。


 千月…おまえ、そんなに残虐で凶暴な性格なのか?



「マジやっべぇ!お前ら凄すぎ!」


 もううんざりだ、この赤ずきん、さっきから大興奮してる。


 まあ佐佑程じゃないな、あの子達はまだ屋上にいる時、神さまでも見たような崇拝の眼差しで、千月を見ているのだぞ?


「ねえ、静かにしてください、この子達を起こされたら、承知しませんよ?」


「ああ、うん、すまん、いやだって、まさかこんなに早いとは…」


「もういいの、早く出航してください。」


「ええ…そんなに急ぐのか?ここはもう安全だし、後日戦勝会も開くつもりだし、主役のお前らがいないと…」


「急いてるの!帰ったらすぐ船に乗るのはなぜだと思ってるの!?」


 やはり千月は賢いな、これ以上ここに残したら、面倒なことはどんどん増えるだけだ。


「ああ、そうか、わかった、船員も数名の志願者が増えるし、すぐにも出発出来る。」


「では、さよなら、もう二度と会いたくないわ、出ていって!」


「あ、ああ、今回の件、ありがとな。」


 #


 15分後、船長が軽い挨拶をしてきて、そのまま出航した。


「ねえ…いーちゃん、私、何か間違いを犯したの?」


『何を言う、上出来だ。』


「だって、私はまた、いーちゃんの言うことを無視しちゃった。」


『結果的には、うちの言うことを聞かないのは正解だったな、うちなら、そこまで完璧な戦術はできないぞ?』


 ああ、本音だ、電子脳のうちですら、そこまでの作戦を一瞬で練られないだろう、もっと時間があれば出来るかもしれないが、流石に数秒では……


「でも…私、いっぱいの人を…殺した、初めて、人間を…殺した…」


 やっぱりおかしい、千月の性格、また元に戻った。


『千月、本気で言ってるのか?まさかおまえ、何の考えもなく、南部の人間を逃すんじゃないだろうな?』


「…………」


『百人程度の犠牲を元に、数千人も救うのたぞ?こんなこと、上出来以外の言葉もないだろう、胸を張れ。』


「しかし、もしかして人を死なせない方法が…」


『確かにあるかもしれない、だがうちらは神様じゃない、ただの人間だ、この世ほぼ全ての物事を成せるには、必ずそれ相応の犠牲が必要だ。』


「必要な犠牲…」


『そうだ、犠牲というのは物質だけではなく、場合によっては精神的な犠牲もあるのだ、言い換えれば、等価交換だ。』


「等価…交換…」


『ああ、ぶっちゃけ言うと、買い物だけでも一種の犠牲だ、自分の働きと時間を犠牲に、欲しい物を得られる、だが物事の価値を決めたのは、所詮人間だ、等価交換と言ったが、等価とは思えない時も結構ある、おまえのやることは、つまりそういうことだ。』


「百人を犠牲に、数千人も救ったこと?」


『そうだ、理解したか?こんな不等価交換を成せたおまえは、上出来だと思わないか?』


「いーちゃん、すごいね、私、少しだけ楽になりました。」


「そうか、それはよかったな。」


 千月のやつ、こういう哲学的な話には苦手のようだな、そう単純な話じゃないけど、まあそれでいいだろう、千月の心理状態を安定することができればそれでいい。


 今回イブも、起動してなかった、もう疑いようもない、あれは千月自身の力だ。


 結局うちが出来るのは、千月のメンタルケア役だけだった。

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