1011 初めての町
そして、千月は椅子に座ったあと、大男も反対側の椅子に座った。
「まずは、名前を教えてくれないか?」
「えっと、千月です。」
「千月?ふむ、日本人としては珍しい名前だな。」
「少ないだけですね、同じ名前の同級生もいるそうです、高…」
『わ!わーわーー!バカヤロウ!言葉を選べろよ!』
「…ゴホン、埃が酷いですね、ゴホン。」
「…君、どこから来た?」
『千月、うちに任せろ、うちの言う通りに話せ。』
「えっと、わかりません。」
「なに?わからないだと?」
「うん、なんだかうち、あいや、私、言葉と名前以外、何も覚えてないようです。」
「ふん、そんな見え透いた嘘を信じろと?」
「嘘じゃないです、本当です!」
「……まあいい、あのボートはどういうことだ?」
「ボート?ああ、あれね、へえー、あれはボートって言うんだ、知りませんでしたわ。」
がああーーー!うちは人間だったら絶対気絶するんだぞバカヤロウ!
『勝手に喋んな!うちを殺す気か!』
「…………」
ああ、ヤバい、千月のやつ、わざとらしいことをしやがって!
「はあ…、君、嘘が下手だな。」
「…記憶喪失です、本当です。」
「そうか、それを徹するつもりなら、これ以上の問答も意味がないだろう。」
そう言って、大男は立ち上がった。
「しばらくはここでじっとしてくれ。」
「ま、待ってください!」
「なんだ?記憶回復したか?早いな。」
「いえ違います、まさかあれは、私のベッド?」
「ああ、寝るならそこでいいだろう。」
「あの…すごく、汚れてますけど…」
「はあ…おいおまえ、掃除してくれ。」
またあの人だ、まだおしぼりとバケツを持ってる、なんかイライラしてるぜ。
「あ、あの…」
「はあ…またどうした?」
「トイレは?」
「そこの空いた扉から入れ、便座がある。」
「お風呂は?」
「風呂はできないが、便座の隣には蛇口がある、あとホースもある、それで我慢してくれ。」
「あと、私の鞄は?返してくれないかしら。」
「…おいおまえ、検査の方はどうした?」
「調べた結果は、大きな鞄は生活用品、小さい方は女性用品ばかりでした、変なものはありません。」
「ではそのまま返してあげてくれ。」
「あと一つ!」
「…………。」
「あなたのこと、どう呼べばいいんですか?」
「ああ、財湧だ、ここの人は湧にいっと呼んでいる。」
「さいゆう、ゆうにい……」
財湧、にいっというのは、兄の意味だろう、つまりかなりの地位があると見える。
顔だけ見れば、多分60才超え、しかしその体格と筋肉、ボディビルダー程ではないが、あの年にしてはかなりのものだ、普段から鍛錬をしてるか重労働の仕事だろう。
ハゲだが…何故か妙に似合う。
そして、湧にいは部屋から立ち去った、周りの人も全部出ていった。
『しかし、このボロボロな部屋、牢屋にするのが無理があるだろう。』
「うん…カギも掛ってませんね、脱走しますか?」
『ああ、おかしい、しかしここでじっとしたほうがいいと思う。』
「どういうことです?」
『リボンのことだ、あれは氷人しか知らないシンポルって言っただろう?』
「ええ、それで?」
『だったらここにいる氷人はきっと、迎えに来るはず、同胞を歓迎するはずだ。』
「ああ、そういうことか。」
『ああ、下手に動き回すより、ここで待つ方がいいと思う。』
「はあ…わかりました、そういえばなんで知らされてはいけませんの?いーちゃんのこと。」
『それよりおまえ、ここはどこか変な感じがしないか?』
「そういえば、なんでロウソク?」
そうだ、いまこの部屋の照明は、卓に置いているロウソクしかない。
「あとこの部屋、電球すらいませんよ?それどころか、電気ケーブルなど一切いませんよ?」
『なに言って……え?』
「だっておかしいではありませんか?さっき浜辺ならともかく、町の照明も全部たいまつですよ?」
あああ!不自然と思うのはそれだ!
「あといーちゃん、もしかして気づいてません?」
『な、なんだよ。』
「さっきの人達、銃もっていません。」
『銃器管制がある国だ、持っていなくても不思議ではない。』
え?そういえば、銛とか剣とか…ええ?
銛は対人武器として使うのもかなりおかしいが…剣だと?時代錯誤にも程がある。
「違うよいーちゃん。」
なに…?
「あの人達、多分戦争してますよ?」
『あん?なんで…』
「だってあの人達、傷だらけじゃないですか、それに大抵は刃物か刺突による傷です、あと見慣れない人に対していきなり武器で警戒をするなんて、どう見ても戦時の反応でしょう?和平ボケの社会ではありえない反応でしょう?なら銃が持っていないのはおかしいのでは?」
な…千月、おまえ、また“あの状態”に切り替わったのか?
「それと…」
ま、まだあるのか!?
なんということだ、これ以上は、うちの存在意義は、自分でも疑わしいことになる。
「この町、車かバイクか、1台もありませんよ?」
っ!?!?
「さらに、電柱か分電盤なども一切ありません、全部地中化されても、建物に付いてる分電盤くらいあるはずでしょう?」
どうして気が付かなかった!?
「台湾って、こんなに遅れた国なの?銃も車も電気すらもいないだなんて、貧乏にも程が…」
『そんなわけあるか!!』
「ふええ!?そんなに大声を出さなくても…」
『こんなはずじゃ…台湾の発展は日本かアメリカすら超える所があるぞ!』
そんなバカな、澎湖は離島だが、本島と大差はないはずだ。
「そうですか、今度湧にいに会ったら聞いてみましょう。」
それしかないか、できれば台湾の現状も聞きたい所だ。
あの湧にいは、どうやら敵意はないようだ、部屋まで掃除してくれるし。
「いーちゃん、いーちゃんのことを知らされてはいけない理由は?」
『ああ、いまさらだが、うちは地球人の平均科学レベルより遥か超えている存在だ、ここまで来るのはごく一部の極秘機関しかない、もちろん一般社会には知らされていない、もし知られたらどう利用されたか…』
「なるほど、つまり危険を招かれるかもしれません、と。」
『そういうことだ、最悪、おまえの頭だけが切り落とし、もしくは脳みそ丸ごと取り出し、標本になるかもしれないぞ?』
「ふええーーーー!?」
まあ、冗談のつもりだが、あながち間違っていないかもしれないな。
しかし恐ろしい観察眼と推理能力だ、こんな人間一体どうして万年赤点なんだ?
どんどんわからなくなった、千月という人間は、天然と天才の切り替えが激しい、極端すぎるだろう、しかもなんの前触れもなくいきなり切り替わって、おかしい。
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