1010 澎湖

 午前6時。


 周りに見えるのは、果てしのない海。


 まるでこの地球は、島一つしかいない錯覚。


 いや、もしかしてこれは錯覚ではない、この空間の中では、本当に、台湾という島しかなかったのかもしれない。



「ねえ、このボート、どこに向かいますの?」


『さあ?聞いてないな、自律だし、多分近くの陸地に行くんじゃない?』


 うちらはいま、この何もない海の中にいる。


 進行方向は南東、進入地点とうちの内蔵マップから推測すれば、多分澎湖方向だろう。


「じゃあ、説明してくれませんか?リボンのこと。」


『ああ、あれは、うちら氷人の和平シンポルみたいなもんだ。』


「…それだけ?」


『うん…地球人からすれば、無害、友好の意志表明みたいなものだ、降伏の意志としても使える。』


「白旗ではありません?」


『それは地球人の降伏だ、そのリボンの形は、色んな友好的な意味も詰まってる、単なる降伏か停戦ではない。』


「なるほど、この、二重重ねた∞の形か…しかしなんで前の進入実験の時に使わないんですか?上の連中は。」


『知らないからだ。』


「こんな重要な事も知らないんですか!?」


『ああ、氷人の最高機密の一つだ。』


 地球人に知られたら、大変な事になる、実は千月にも知らせたくないのだが、うちの命にも関わるから、仕方ない。


「もしかして…このシンポルがあれば、絶対に攻撃されないんですか?」


『氷人だけな、あと主動攻撃されないが、こちらから攻撃すると、普通に反撃されるぞ。』


「つまり、このリボンは解けないのですね。」


『ああ、形が変わない限り、どこに収まってもいい。』


「じゃあ、別にリボンじゃなくても、描くのもいいですよね?」


『そうだが、おまえ、ペン持ってないだろう?』


「あ、」


『はあ…そのまま頭に付ければ?』


「そうか、そうします。」


『あと時間があれば、鞄とリュックにも付けてくれ、じゃないとはずす瞬間撃ち抜かされるぞ?』


「ええ?見えない所でも効きますの?」


『実験用のチップの話、思い出してくれ。』


「あ、そういえば……」


『ああ、多分何らか方法で透視できるのだろうな。』


「ふええ!?氷人ってこんなエッチな事をするんですか!?」


『違う!あれは自動迎撃システムだ!機械だ!コンピューターだ!』


「…………。」


 面倒なやつだ!


 しかしどこでそんな科学技術を手に入れたのかね?


「はあ……まあいいでしょう、ねえいーちゃん、私、少し寝てもいいかしら?」


『あん?寝る場所なんかないだろう、こんなボート。』


「少し、横にすればいいです、なんか、あのレーザーの危機から脱したあと、どんどん眠くなっちゃって。」


 ああ、多分、いきなりの緊張状態と、イブのサポートからの超速反射神経から解けたあとの反動だろうな。


 しかし、レーザー?なに時代錯誤なことを。


『好きにすれば?』


 そういえば、千月が寝れば、うちも強制的に寝かされることは大問題だな、赤毛も原因が分からないらしいし、面倒だな。


 うちらが寝る間の警戒は、イブの警戒システムの方がなんとかしてくれるって言ったけど、そんな経験はまだないし、よくわからないな。



 #



 ……うん?


 ボートが、止まった?


 ああ、寝ている間に着いたようだ。


 いまは…夜8時か、結構寝たな。


 ここは…内蔵マップから推測すれば、澎湖白沙の北西沿岸だろう。


「おはよう、いーちゃん。」


『……なあ、この状況は、どういうことだ?』


「へへっ、なんか囲まれましたね。」


 だあああーー!こいつ、無神経すぎるじゃねえか!!


 そう!いまうちらは、十数人に囲まれてるんだ!


 全員、たいまつと、武器持ちだ、剣か刀、斧か槍、あと銛も、全部うちらに向かっている。


 全員いい体格、しかも所々傷が付いてる、野生動物のハンター達か?


 とにかく起きた早々、大ピンチだ!


 ……てかなんで銛を?


「おまえ、立て。」


 銛を持っている男が話しかけて来た。


「……ええ?いーちゃん、この人何言ったかよくわかりません、何語?」


『はあ?わからないのは仕方ないと思うが、ここどこだと思う?』


「ああ、台湾ね、中国語ですね?」


 よかった!そこまでバカじゃないのが助かった。


「ぶつぶつで何を言っている、立て!」


 あ、怒ったらしいぞ、ヤバい、通訳しないと…


 そう思っている間に、何故か千月はいきなり立ち上がった。


「……えっと、いーちゃん、なんか私、どんどんわかるようになりましたの、中国語。」


 はあ!?まさか、イブのサポートか?


 そんな機能もあるのか?聞いたことないぞ、万能すぎじゃね?


「でもどうしてこんなことするんですか?大勢の人は女の子に向い武器を振るうなんて…」


 さあ?どうしてだろうな。


「待て、君、日本人?」


 後ろから一人の大男が現れて、いきなり日本語で喋った!


「え?あ、はい!」


「…とにかく、俺たちと、一緒に、来て。」


「あ、はいです!」


 そういえば台湾では、日本語にはかなり馴染む国だな、小学生ですら簡単な挨拶くらいできるらしい、わかる人が居ても不思議ではない、この大男はうまくないようだが、まあ完全に会話できないよりマシか。


 そして千月はボートから飛び降りた瞬間、いきなり…



 ギィィィンンーーーー



「ぎゃあ!」


 な、何事!?


「いーちゃん…ボートが…。」


 あの光線に、撃ち抜かれた、しかも一寸の狂いもなく、エンジンだけが破壊された。


 どういうことだ?


 周りは大騒ぎ……の様子はないな、驚いたようだが、特に騒ぐことはない、もしかして、慣れたか?



 それから、大きな集落の連行された。


 集落っと言ったが、そんなに遅れたものじゃない、ただなぜか、不自然な所がある。


 建物は古い製法の木製から、現代の鉄骨鉄筋コンクリート構造のものもある、ただ木製の方が極端に多い、なんだか、おかしい。


 うちらは、ある木製建物の前に連行され、扉の前に立った、扉もやはり木製。


 さっきの大男は先に入った。


「入れ。」


「あ、はい!」


 四角の木製卓1脚と、その上に置いているロウソク、椅子が2脚、あと寝台…のようなものがある、それ以外何もない、寂しい部屋。


 埃が酷い、長く使われてない所だろう。


「そこに、座れ。」


「あの、中国語でもいいですよ、私、できますから。」


 な、なんだと…本当に中国語だ、しかも綺麗な発音…。


 イブはそこまでの機能があったとは…おかしい、いままで見た強さも不自然だ、もしかしてあの23年間、小型化だけでなく、強化もされるのか?


 うちも合わせるほうがいいだろう、中国語で。


「…そうか、とにかくそこに座れ。」


「…あの、すごく、汚れてますけど…。」


 そんなこと気にする場合か!?


「…おまえ、ちょっと掃除してくれ。」


 大男は、後ろに付いてきた一人に命令口調で指示し、椅子と卓を掃除した。


『千月、黙って聞いてくれ。』


「はい?」


『黙って、口答えしないように。』


「…………」


『あいつらにうちの存在を知らされては、しないほうがいいと思う、理由は後で説明する、今後人前でうちに話を掛けるな。』


「…………」

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