0009 隠された台湾

 千月は、未だ泣いてる。


 どうしたらいいか、わからない。


 赤毛も、千月も、頭を下げたまま動けない。


『千月…もう、泣くな、あんなやつらのせいで…』


「いーちゃん…私…すごく後悔しました、お金を稼げたいだけなのに、なにもできない私には…これが一番の近道だったと思って、実はこの話を聞いた時、少しだけ嬉しかったよ?まさか、こんな…」


 ああ、自分の生命は何よりも重要だ。


「やだよ…死ぬなんて、怖いよ…まだ死にたくないよ、あんな化け物みたいな兵器だなんて、避けるはずがないよ、私…まだ18才だけなのに、人生はこれからなのに…恋もしたことないのに…うう……」


 そうか、うちも、色んな事をしたいな。


 だがうちはもう出来なくなった、だからせめて、このか弱い少女を、うちの宿主になった少女を…千月を…。


 絶対、助けてやる。



 千月はようやく、泣き止んた。


「……少尉、俺だって、こんな事をしたくないんだ…。」


「わかっています、このリュックと中身のものは、全部あなたの自腹でしょう?こんな、うちの細かい所まで気を配るなんて、身近に観察してないとわからないことでしょう?」


「ああ、俺が君のためにできることはこれしかない、こんな、何もわからない女の子を殺すような仕事、俺だって嫌いだ、だからせめて…」


 ああ、罪滅ぼしのつもりだろうな、口調まで変わった、多分これは素の赤毛だろう。


「わかっています、別にあなたを責めるつもりではないのです、悪いのは上の連中です、ありがとう御座います、色々用意してくれて。」


『千月、今からでも遅くない、こんな自殺みたいな仕事をしなくても…』


 突然、光が差した。


 それは、半分も昇した、太陽の光だった。


 そして、千月は何か決心を付いた目で、大きくなった朝日に向かった。


「ありがとう、いーちゃん、でも私、わかるの、もう、後戻りなんてできません、ここで逃げても、待っているのは逃亡生活か、死刑だけです。」


 千月は、船首に、朝日に向かい、歩き出した。


「さあ、はじめましょう、もう、覚悟は決めました!」



 いまさらだが、千月は、本当にとんでもないやつだ。


 あんな物事を明晰かつ正確的に推理、整理できる思考力と洞察力、そして観察眼、電子脳であるうちすらも驚きの連続だ。


 それにあれは、イブのサポートではない、イブは起動していないのがわかる、つまりあれは千月自身の能力だ。


 千月に対しての評価は、改めたほうがよさそうだ。


 もう一度言おう、やはり第一印象はあてにならないっと。


 それにしても、人間って、怒るとここまで豹変するものか?さっきの千月は明らかに別人に成り代わったようだ。


 今後、気をつけよう、怒らせないように。



「準備が出来ました、では、こちらへ。」


 船首右の外側は、ハシゴが付いてる、その下の海面には、さっき言った自律ボートが浮いている。


「ねえ、さっき言いましたね、いーちゃんの材質にはその元素があるって、つまりその元素があれば、何時でも自由に出入り出来ますの?」


「もちろんそう簡単ではありません、その元素は媒介に過ぎません、実際に入る時は、こちらである装置を起動しないと入れないのです、もちろん出る時も同じです、原理はわかりませんが、なんだか共鳴か共振か、だそうです。」


 なるほど、どちらか一方だけでは効かない、これじゃ入ることが出来ても、自由に出られないな。


「じゃあ私は、隔離空間をなんとかしないと出られないというの?」


「…そう、なります…」


「…………」


 くそー!上の連中、本当にいやらしいことばかりしやがって!


「まあ、どうせ入る途端殺されるし。」


 そう言いながら、千月は、ハシゴから下へ降り、ボートの上に乗った。



『千月、実はな、その兵器、多分回避方法があると思うんだ。』


「え?ええーー!?もっと早く言ってよ、もう!」


『いや⋯おまえ、泣いてるからさ、なんか、言い出すと、色々壊れるって感じ。』


 それに、確証もない。


「もう!泣き損したわ!」


『ボートを起動する前に、髪のリボンを解いてくれ。』


「ええ?何をするつもりですか?あれは私の宝物ですけど?」


『別に捨てるなんて言ってない、帯状のものであればなんでもいい。』


「はあ……」


『うちの言われた通りに、結びを結んてくれ。』


 千月はリボンを解き、うちの教えた通りに結びを完成した、あっさりと。


「これは?見たことない形ですけど。」


『入れば分かる、あんまり強く握り締めないてよ?形が変われば大惨事だ。』


 そして、千月はうちの教えた通りに、ボートを起動し、動き出した。


「少尉……」


 赤毛は、船上から千月に声を掛けた、いままでにない、真剣な顔で。


「君は、最後の希望だ、今回も失敗したら、次の方法を見つかるまで、何十年かかるか、下手をすると、台湾という国は、永遠に世界地図から消えるのかもしれん、その中にある、全人類にとって有益な技術も永遠に失われる、どうか、ご武運を、そして、これは個人的な願いでもある、どうか、無事に帰って来てくれ…。」


 ボートは、ゆっくりと進み出した。


「…ねえ、赤毛さん、最後に一つだけ、教えてくれませんか?」


「ああ、なんだ?」


「あなたの、名前を…。」


「ああ、俺は…」



 一瞬、視界が変わった。


 さっきまで目の前にいる軍艦は、きれいサッパリいなくなった、残ったのは、何もない一辺の海、まるで軍艦など、最初からそこにいないような。


「……入った…?名前、聞きそびれた…。」


 いまはそれどころじゃない!


『後ろを見るんじゃない!前だ!おい!!』


「ええ?」


 視線が前に振り向いた瞬間、一点の光が見た。


『来る!』


「え、」


 一筋の強烈な光線は、とんでもないスピードで、千月の脳門に……


 お…終わった、何もかも、こんなの、どうやって……


 ……………え?


 千月は、あの収束光線より、もっとありえないスピードで、まるで時間が止まったような感じで、少しだけ身を傾き…


 回避した。



「あ!危ないじゃないか!?」


 なんという…イブが、起動したか。


 しかしイブがあっても、あんなの回避できないはずだ!


 確かに追尾があったな、回避した瞬間、あの光線は弧線を描いて海に当たった、しかし命中直前で回避されると、流石に180度曲がる事なんてできないだろう。


 こんなの、命中直前の0.0000001秒の瞬間に回避されるとは…しかも、直前で気を取らせた状態に。


 まさか運が良かっただけか?


『次!次だ!前を見ろ!リボンは?リボンは!?』


 二射目!発射間隔は0.5秒しかないとは!


「@$#&%*……!」


 千月は、声にならない奇声と共に、二射目もありえない動きで回避された、転んた勢いで。


 運じゃなかったようだ。


 やはり第一目標はうちか!二射目も頭を狙ってる。


 また、発射点が光った!しまった、こんな体勢では、次は避けられん!


『バカヤロウ!リボン!そんなに握り締めると効かないんだ!リボンは前に挙げろ!』


 く、来る!


「ぎゃあああ!?」


 千月は、驚きのあまりに、目を閉じた。



 ギィィィィンンーーーー



 凄まじいデシベルの雑音。


 その雑音は、千月の左側から通り過ぎた。


 そして千月は恐る恐ると、目をあげた。


 目の前にいるのは、強烈な光、その光は、うちらの前で曲がった。


 うちの賭けは、成功したようだ。


「こ、これは……」


 その曲がった光の真ん中に、前に伸ばした千月の掌があった、リボンもその掌の中にある、そして光線は、リボンのすぐ手前で、弧線を描き、海の中へ突き刺し、ゆっくと消えた。


 そして、次射もなくなった。


「ど、どういうこと?」


『ああ、確証はないが、とにかく賭けに勝った。』


「な、命賭けをするんですか!?」


『仕方ないだろう!うちが思い付いた方法はこれしかないんだ。』


「はあ…説明してくれますか?」


「それより、見ろ。」


「ああ……」



 目の前に映ったのは、データ写真より綺麗な、長い島だ。


 雲の中に突き刺し、雲より高く山、それは玉山だろう、さっきの光もその見えない山頂からだ、その武器は多分玉山山頂にいるだろう。


 ただの普通の島の輪郭だが、背後にいる朝日と合わせ、まるで後光が付いたように、一層綺麗に見えるようになった。



「これが……台湾。」



 そう、うちらはやっと、台湾に着いた。


 うちの目的も、千月の任務も、全部ここにある。


 そしてうちらの、激動ながら面白い人生と、悲しい運命は、ここから始まった。

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