0005 イブ・システム

「やっと、二人っきりになりましたね!」


 ここは、この人の専用個室の様だ。


 この人は入った後直ぐベッドに座った。


 この小さな部屋、ベッドと大きな鏡しかいない、椅子すらないぞ、適当すぎじゃないか?


 この人の私物は、多分枕の隣りに置いた、女性用のデザインの鞄しかないだろう。


『騒がしいやつだな、おまえ。』


「だって、ワクワクするんじゃないですか?なんか、二重人格になった感じですよ。」


 まあ否定はできない、うちもちょっとだけ、ワクワクする気分だ、ちょっとだけな。


「もう一人の自分と会話してるって感じですね。」


 まあ、確かに悪い気分ではない、少なくとも、寂しくない。


『面倒なことだ、しかももう一人の自分はこんな小娘だったとはな。』


「私は小娘ではありませんの、もう18才になったから。」


 地球人の18才って、まったくの小娘じゃないか!


 しかしなぜそんな若さでこんなことをするんだ?


『…おまえ、名前は?』


「千月です。」



 千月。


 この人は、うちの、宿主になった少女。



「あなたは?」


 名前、か。


 正直いうと、よく覚えてない。


 昔の事は、つまり電子化される前の自分の記憶は、うちの意志で捨てた、としか覚えてない。


 体と一緒に、自分の手で、放棄した。


『なまえはないが、うちの研究開発計画のなまえは…』



 イブ・システム



「イブ?」


『そうだ、だからうちの事はみんな、イブっと呼んでいた。』


「そうですか…じゃあ、アダムは?」


 やはりそう来たか。


『元々この計画は、男女二人で交差研究をするつもりらしいが、何故か最後はうち一人だけになった、だからアダムなどない。』


「そうですか、それは、寂しい事ですね、一人ぽっちで。」


 確かにちょっと寂しいな、あの研究所にいる1年間、娯楽などほぼ無いし、会話の対象も全員堅苦しいし、あの赤毛のように。


「でも大丈夫です、これからは二人になりました!」


 そうだな、いつまで続くかわからないが、あんな研究所にいるより遥かに楽しいな。


 しかし、こんな小娘ではなく、ハンサムな男だったら、もっと楽しいだろうな。


「では、これからはいーちゃんっと呼びますね!」


『あん?おい!変な渾名で呼ぶな!』


 ブーちゃんじゃなくてよかった!


「あはは、いーちゃんってば、超可愛い女の子の声なのに、言葉遣いは乱暴ですね。」


 くそーー!いつもいつもうちの神経を逆撫でしおって!こいつも、あの赤毛も!


「ねえいーちゃん、あなたの顔、私に見せてくれませんか?」


『はあ?なに言ってんだ、体すらないぞ、うちは。』


「ええー?元々は氷人だと聞きましたが…昔の写真は?」


『赤毛に聞いてみたら?』


 確か、昔の研究員は持っているはず、うちにも見せたことある、もしかして赤毛も持っているかも。


「赤毛?ああ、あの赤い髪の人ですか、フフフ、ひどいネーミングセンスですね、いーちゃんは。」


『ふん!あんなやつの名前など、興味がない。』


「奇遇ですね、私もです。」


『…………』


「…………」


『まあ写真の事は赤毛に聞いてみよう、その代わり、うちにも見せてくれないか?おまえの顔。』


「うん、わかりました。」


 千月は、部屋に置いている大きな鏡の前に立った。



 鏡の中に立っているこの人は、やはり若い女性だった。


 白いシャツ、淡い青のコートと同じ色のミニスカート、襟にはネクタイではなく、淡い青のリボンで結んでいる。


 淡い青のハイヒールみたいな靴だが、よく見れば外見だけで、実はスニーカーの構造だった。


 簡単に言うと、OLの仕事着みたいな服装だ、ただ細かい所に、色々と弄ってる。


 それにしても…あのバストは、どういうことだ?


「あ、この服は、ここの人が勝手に用意されたものです、なんかサイズが合わないようで、ちょっときついです。」


 なるほど、胸部辺りがきつく感じた原因はこれか。


 まあそれを置いといて、他は…黒くて艷やかな髪、腰までのストレートロング、いい髪だ、これだけが気に入った。


 側頭部に小さなリボンが結んでいる。


 顔はまあ、普通、としか言えないな、中国人らしい顔だが、日本語で喋ってるし、日本人だろう。


 なるほど、ここの人達はいきなり日本語で喋ってるのは、こいつに合わせるためか。


 美人ではないが、全体的に見れば結構可愛らしい、しかしそのバストのせいで、全部台無しになった。


 身長155センチくらいしかないのに、バランスが崩れたぞ。


『おまえ…何カップ?』


「えっと、Eですけど。」


 E?それだけでも結構ヤバイが、なんかもっと大きく見える…ああ、サイズが合わないシャツのせいか。


「もう…いーちゃんったら、初対面なのにいきなりそんな事を聞いて…」


『躊躇いもなく答えたのもどうかと思うぞ?』


「だって、もう共生関係になってますし、それにいーちゃんも女の子でしょう?」


『まあ、そうだけど。』


 全体的に見れば、服装のデザインは洗練的で、スタイルがかなりよく見える、大人の女性の魅力も感じるが、顔つきと低い背、あとリボンのせいか、少々幼い気質も漂う。


 とにかく、こいつは敵だ、バストの意味で。


「いーちゃん…どうだった?」


『どうって?なにを?』


「私、合格?」


『何の合格なのかは知らないが、まあまあかな、可もなく不可もなく。』


「ええーー!?私は自分の外見にちょっと自信があるんですけど?小さい頃から追求者がいっぱいいますし。」


 てめえはただ、その“母性の輝き”で異性を引いかかるだけじゃねえか!

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