37話 前夜

 

 夏休みも残すところ半分以下になったある日、夕方の駅前に櫻と雄也がいた。


「それじゃね」


 別れの挨拶をする櫻。 今の時間を考えると、二人はどこかに出掛けていたのだろう。


「喜多川、色々無理に付き合ってもらって悪かったな」


 気を遣った様な雄也のその言葉に、櫻は少し驚いた顔をして言った。


「自覚はあるんだね。 安心した」

「成長してるからな」

「……ちょっとはね」


 小さく指でそれを示すと、櫻は微笑している。


「俺といて、少しは楽しかったか?」


「うーん、映画に遊園地に水族館。 なんかデートの練習相手にされた気分だったけど……」


「俺にとっては全部本番だ。 俺は、楽しかった」


 表情を余り変えない雄也だが、その表情の微妙な変化に少しずつ気付く様になっていた櫻は、その言葉を言った雄也の真剣さを理解していた。


「そうだね、私も楽しかったよ」


 その言葉を受け取った雄也は、どこかやりきれない思いを顔に浮かべて言った。


「もう約束の日まですぐだ。 俺は、タイムリミットを止められない……か?」


 夜空を飾る花火、その時孝輝が二人から一人を選ぶ。 その決着のタイムリミットはもうすぐだ。 それを止める、と言う事は、雄也が櫻の気持ちを奪うと言う事。 その答えを雄也は櫻に突きつけた。


「……そう、もうすぐだね」


 瞼を伏せて話す櫻は、不安そうに近づく決着の日を思い呟く。 雄也は、


「俺は、喜多川の不安を無くそうと言ってる訳じゃない、勿論凛の為でもない。 それは誤解しないでくれ」


「うん、わかってるよ」


「俺は、俺の為に……喜多川と付き合っていきたい」


 恐らくは今日が雄也にとってのタイムリミット。 そして、その想いを真っ直ぐに櫻に伝える。 その想いを受けて、櫻は向かい合い、話し出した。


「久保君、私は、怖いよ……でも、私は私の場所で、孝輝を待つって決めたの」


「……そうか」


「うん。 怖くて、逃げ出したいけど、その日が怖いのはやっぱり、孝輝が好きだから……そう思ったから……ごめんね」


「わかった」


 櫻の不安に満ちた強い決心を聞いて、雄也はそれを受け止めた。 そうする事しか出来なかった。 その気持ちを理解してか、櫻は続けて話す。


「久保君も、怖いから逃げてきた私なんかが転がり込んで来ても嬉しくないでしょ? ちゃんと向き合って、決着つけてくるよ」

「いや、俺はそれでもいいぞ、そこからきっちり惚れさせる」


「そ、そこはさ、気持ちよく送り出してよ……」


 呆れた顔の櫻と惚けた顔の雄也。 櫻は思った。 これは、本気で言っているな、と……。



 ◆



「明日……か」


 俺はベッドで仰向けになりながら一人呟いていた。 約束の日、遂にそれが明日に迫って来た。 明日は雄也に言われた時間に二人で待ち合わせる。 そして、櫻と凛が待つ二つの場所の、一つに向かうんだ。


 その連絡が来て、俺が明日どちらかを選ぶ事になったと言う事は……櫻は雄也を選ばなかったと言う事。 その雄也が俺に連絡してくるのも、そして明日俺と会うのも、雄也がどういう気持ちでいるのか……。


 そして、既に今日、櫻と凛から俺に最後のメッセージが届いている。


 凛からは、


『もう明日になっちゃったね、今日はちゃんと眠れるか不安だけど、寝不足の顔じゃみっともないから頑張ってみる。 こーくんもちゃんと寝てね。 私は、私の短い十数年で、二度も好きになった貴方を待ってます』



 最初、凛から声を掛けられた時は、正直派手で、軽そうな女の子のイメージがあった。 今思えば、その頃は強引で、凛自体無理をしていたんだなと思う。 それが一緒にいるうちに、賢くて、健気で、一途で、本当は脆い、泣き虫な女の子なのが解ってきた。 昔一緒に遊んだ、泣き虫な女の子が『りん』だったのも……。 そして、俺が櫻に夢中だった頃、凛が苦しんでいた事も……。 子供の頃凛に言った『泣かないで』。 それとは違う、泣かせたくない大事な女の子なのは、間違いないんだ。



 櫻からは、


『優柔不断な孝輝へ。 本当は一つの事に夢中になる孝輝に、苦手な事させちゃうね。 でも、一人に決めたら真っ直ぐ見てくれる孝輝を私は知ってるから、どっちを選んでも、そんな孝輝に戻って行ってね。 私は、今度はちゃんと、本当の喜多川櫻で待ってるから』



 自分を隠していた、頷くだけの櫻と俺は別れた。 それから、本当の櫻と話し、俺達はまだ始まってない、だから最初から始めよう。 そう言って俺達は、またそれでお互いが好きになるなら、その時また恋人になろうと話し合った。 そんな時、凛が俺の前に現れて、早速やきもちな櫻があっという間に顔を出して、今まで言われるままだった櫻からの豹変ぶりに驚いたりした。 以前の櫻とはした事もなかった喧嘩もした。 だから今の俺は、色んな表情の櫻を知っているし、また喧嘩をしても、分かり合える自信がある。



 二人のメッセージを受け取って、俺は今までの出来事を、一つ一つ拾い上げては思い出していた。


 明日、会いに行く方にしか、返事の出来ないメッセージを見て……。



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