13話 水着の女神と恋の神様
櫻の水着を見に行く店に移動する為に、俺達は今電車に乗っている。二人で電車に乗るのもそう言えば久し振りだな。そんな事を考えていると、
「痴漢にあったら助けてね」
櫻がふざけて微笑みながら言った。車内はそんなに混んでいないし、まずないだろう。
「ああ、犯人が俺だったらどうする?」
釣られて俺もふざけてみせた。
「あは。そうだね、そしたら駅員さんに突き出して、示談条件として彼女にしてもらおうかな」
「……そんな付き合い方は勘弁して欲しいな」
そんな釈放条件的な付き合い方は御免被りたい……。
しかし櫻の奴、中々スパイスの効いた返しをするんだな。
そうこうしているうちに目的の駅に着き、櫻に案内されて駅の近くのファッションビルに入った。
その水着売り場まで着くと、自分で言っておきながら何だが、ちょっと気恥ずかしくなってきた。こういうのは女の子同士で来るものじゃないか?もし男と来るにしても、それは彼氏だったり、その中でももっと進んだ関係の恋人同士の様な気がする……。
「櫻、俺はここで待っててもいいか?」
「はい? 何言ってるの? 孝輝が行こうって言ったんだよ?」
それは逃げの口実と言うか、まあ、そう言うよな。
「ちょっと恥ずかしいな」
「別に下着売り場に来た訳じゃないんだし、試着したりしないから平気だよ?」
あ、そうなんだ。俺はまた櫻の試着中一人でこの危険地帯に残されて、脇汗かいて待っている地獄を想像していたのだが、その心配はなかったらしいな。
「それとも、試着した私が見たい?」
「いや、いい」
恥ずかしそうに頬を染める櫻に間髪入れずに即答した。
「……その言い方は減点です、着ます」
「ち、違うぞ。本番までの楽しみにしたいと言う可愛い男心ってやつだ」
減点制なのか、不味いぞ。櫻を不機嫌にして何着も試着されたら俺が持たない。その間に女性の店員さんに声なんて掛けられたら僕、恥ずかしくて逃げちゃうかも……。
「もう、ほら行こ」
「おう。ひ、一人にしないでね」
ついに店内に侵入した。すると、色とりどりのお水着様達が展示されている。色、柄、形等様々で、この中から選ぶのは素人の俺には至難の業だな。
「孝輝どんなのが好き?」
至難の業だと言っとるだろうが。いや、ここで素っ気ない返事をすればまた減点だ。考えろ、櫻の機嫌を損ねれば、困るのは
「そうだな、櫻はスタイル良いから何でも似合いそうだけどな」
「そ、そんな事ないけど。でも、どうせ着るなら孝輝の好きなのがいいし……」
よし、取り敢えず減点は避けたな。何だか櫻はもじもじと恥ずかしそうにしているが、今俺にはそんな余裕は無い。ごめんなさい。
「じゃあ、これは?」
はっきり言って適当に指をさした。だってよく分からないから。それでも何か選ばないとやる気が無いと判断される可能性が高いからな。
「これ?うーん、ちょっと地味じゃない?柄もイマイチかなぁ」
本音は自分で選んで下さい、だ。
「これは?」
櫻が選んだ水着は白のビキニで、上下ともにやり過ぎない程度のフリルが付いていて、下の水着の両サイドは紐で結ばれている様なデザインだった。
「うん、可愛いな」
「だよね」
その水着を持っている櫻を見ていると、それを着ている姿を思い浮かべてしまうのは男子として仕方のない事。これを罪と言うならば青春はセピア色になってしまうぞ。よし、想像開始。
……そこには白い水着を着て砂浜に横たわる女神がいた。
「孝輝……顔がやらしい」
「それに関しては既に釈明済みだ」
「へ?ーーまぁ、孝輝が気に入ったならコレにしようかな?」
「ああ、きっと似合うと思う」
思ったより早く決まってくれて助かる。それに何だかんだ来て良かったな。あの水着を着た櫻を見れるのは楽しみだ。夏、万歳。
「うん。じゃあさ、プールに行っても海に行っても、私以外の女の子あんまり見ないでね」
「え、ああ」
まあ、全く見るなと言われても勝手に目に入ってくるからな。あんまりね、分かったよ。相変わらずヤキモチ焼きだな櫻は。
「ちゃんと……私を見ててね」
ーーーちょっ……と可愛すぎだな。
水着を正面に持ちながら、上目遣いに紅い顔で見てくる美少女に、俺の胸が高鳴っている。
「おう、勿論。ジロジロ見るよ」
つい照れ臭くなって冗談混じりに返事をしてしまった。しかし櫻は、
「……うん。いいよ」
「え……」
照れた顔を上げて微笑む櫻は、冗談なんかではやり過ごせない可愛らしさだった。
その後は何も言えずに、水着を買って店を出た。
時間はまだ15時半ぐらいだが、今日はここで解散する事にした。夏休みの楽しみも増えたし。いい放課後デートだったと思う。
「今日は楽しかった。また、明日学校でな」
「私も楽しかったよ!明日ね」
こうして、リスタートした俺達の初めてのデートが終わった。
俺も櫻も楽しんだと思うし。始まりとしてはまずまずだったと思う。これから二人がどうなるかは、恋の神様のみぞ知る、か。
少なくとも、今の俺は楽しい予感しか頭をよぎらなかった。
*************
夏の日はまだ高く、櫻が自宅に着く頃はまだ外は少し夕方になり始めたぐらいだった。
久し振りの孝輝とのデート。そして夏休み中の約束も取り付けられた。なにより、本当の自分で孝輝と一緒にいられて、それが楽しかったのだから言う事はない。
上機嫌で家の前に着いた櫻は、家に入る前にニヤついたその顔を何とか引き締めようとしていた。ついこの前までは落ち込んで学校を暫く休んで親に心配を掛けたばかりだし、帰って母親に変に詮索されたくなかったのだろう。その時、
「櫻」
「え……」
突然声を掛けられて振り向いた先には、一人の少年が立っていた。少し背の高い、綺麗な顔立ちの少年だ。
櫻は振り向いてその少年の顔を見ているのに、呆然として一向に何も言葉が出ない。
「久し振りだな。すっかり高校生だ。それに、前より可愛くなった」
未だ呆然と立ち尽くす櫻に、その少年は爽やかに微笑み掛ける。
どこか余裕のあるその立ち振る舞い、その少年の登場で止まっていた櫻の思考が、少しずつ機能し出して、そしてやっと言葉を零した。
「先輩…………なんで……?」
その少年を見つめる櫻の瞳は、不安や疑問、そして懐かしさと憧れ、それらをごちゃ混ぜにした様な、一言に言えない気持ちが、その瞳に現れていた。
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