14話 慎みを持ちましょう

 

 小さな公園のベンチに、櫻と、櫻が先輩と呼んでいた少年が座っている。


 この場所は、学校を暫く休んでいた時、孝輝が突然自宅まで来た日に話し合った公園だ。


 まるであの日の様に櫻は俯き、黙り込んでいた。ただ違うのは、隣に居るのは孝輝ではなく、先輩と呼ぶ彼だ。



「久し振りに会ったのに、歓迎されないみたいだな」


「私と久道くどう先輩は、そんな関係じゃないから」


 久道という少年は櫻を見てそう言ったが、櫻は俯いたまま彼を見ずに言葉を放った。その櫻の横顔をみて、苦笑いを浮かべる彼。



「櫻の顔が見たくてね、別れた男じゃ迷惑だろうけどさ」


「…………」



 無言の櫻に優しく微笑み、また櫻に話し掛ける。



「今は、彼氏いるの?」


 相変わらず下を向いたまま、櫻は首を横に振った。



「へえ、意外だな、櫻ならいくらでも声が掛かるんじゃないか?」


「……振られたばっかりだから」



 彼の言葉に、櫻は小さく返事をした。それがとても寂しげに見えたのだろう。彼は申し訳なさそうに、



「そうか、ゴメン。嫌な事を聞いて、無神経だったな」


 彼の声色が余りに弱々しかったのか、櫻は慌てた様に言った。



「あ、ううん平気。今は仲良くて、今日も一緒にお出掛けしてたし……また、きっと恋人に戻れるって思ってるから」



 そう言って櫻は、彼が変に気にしない様に顔を上げて言った。すると、



「そうか、ちょっと複雑みたいだけど、前向きなんだな。良かったよ」


「うん!」



 嬉しそうな櫻の表情を見て、安堵と、少し悔しさが入り混じった様子で、彼は言った。



「相変わらず、櫻の笑顔は可愛いね」


「どう、したの?先輩」



 何となく様子がおかしいのを感じ取った櫻が、心配そうに彼を覗き込む。その時、向き直った彼に櫻の姿が隠れて、




「――えっ?」


 驚いた顔の櫻に微笑んで、彼は立ち上がる。そして、



「今日はいきなり来て悪かったね。それじゃ」


「く、久道先輩……」



 その場を去って行く彼に櫻は声を掛けたが、彼は振り返らずに行ってしまった。


 ベンチには残された櫻が一人。


 空は本格的な夕焼けになって来ていた。




 *************



 家に着いた俺は、コンビニで買った弁当を食べてシャワーを浴びた。

 そして部屋着に着替えて、ベッドに寝転んで携帯を開くと、夏目さんからメッセージが届いていた。



『まだ起きてるよね?お出掛けの日決まったかな?』


 ああ、そうだな。夏目さんに看病してもらったお礼に出掛ける約束だった。



『明日も学校午前中までだし、その後でもいいのかな?』



 そう送ると暫くして、



『ええと、出来ればお休みの日がいいな。土曜日はダメ?』


 成る程、一日休みの日がいいのか。別に何の予定も無いし。



『分かった。土曜日にしよう』


 返事を送ると、直ぐに返信が届く。



『やったー!ありがとう!楽しみにしてるね!』



 しかし、こんなに喜んでもらうと流石に悪い気はしないな。

 櫻とデートしたその日に、他の女の子とデートの約束と言うのはちょっと気が引けるが、夏目さんには風邪の時の恩があるし、何だか放って置けないと言うか、自分でも良く分からないが。


 あ、そうだ。



『そう言えば、どこか行きたい所ある?』



 その後、暫く経ってから返信が来た。



『私がエスコートしていい?だから当日までは内緒!』



 いや、それは構わないんだけれど……。



『お礼のつもりなのにこっちがエスコートして貰っていいのかな……』


 なんか立場が逆で悪い気がするしな。勿論俺は気の利いたデートなんてものは自信が無いから、有難い申し出ではあるんだが……。



『そんなの気にしないで、私がやりたいんだから!精一杯可愛くしていくね!そうだ、下着は何色が好き?笑』



 ーーーーな、何て事を……。


『笑』付ければいいってもんじゃないぞ。高校一年生の男子には余りに毒なジョークだ。

 ここはちゃんと言ってやらないといけないな、夏目さんの為にも。



『そんな事冗談でも女の子が言うもんじゃないよ。俺達はそんな関係じゃないんだから』


 少し厳しいかも知れないが、これぐらいはいい薬だろう。すると暫くして、



『ごめんなさい。やっと徳永君とお出掛け出来ると思ったら浮かれちゃって……変な事言ってゴメンね。嫌いにならないで……』


 ……な、泣いてないよな。

 それは不味いぞ。



『嫌いになんてならないよ。俺も楽しみにしてるから!』


 俺は慌てて返信した。こんな事になるなら説教じみた事なんて言わなければ良かったか……。


 夏目さんの為を思って言った事だが、あんなに悲しそうなメッセージが来ると、流石に狼狽えてしまう。



『うん。私も楽しみにしてるね。オヤスミナサイ』



 よし。大丈夫そうだな。

 思えば最初に夏目さんに教室で声を掛けられた時は、派手だし軽い女の子なのかな、と思ったけれど、今はそんな風には思わないしな。


 幼馴染の雄也は重い、とまで言っていたし、俺の部屋に来て看病してくれている時は、すごく献身的で、それに時に寂しそうで……。


 まだ、よく分からないが。

 今日はもう、俺も寝よう。明日も学校だしな。



『おやすみ』



 そう返事をして、俺も眠った。



 今日デートをしたんだから、普段なら来ている筈の、櫻からのメッセージが何も無い事に気付かずに……。



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