8話 四人の休日 前編
期末試験が終わった次の日。
駅近くの本屋に喜多川櫻の姿があった。何冊かの本を抱えて、真剣に並んだ本を物色している。
「う〜……ん」
「いや、こっちだろう」
「『マンネリ解消勝負下着』? マンネリどころかまだ――っ! く、久保君?!」
見当はずれの本を櫻に渡して来たのは、いつの間にか隣に立っていた雄也だった。
「『胃袋をつかめ!お弁当おかず100選』『この夏彼をオトすメイク術』」
「よ、読み上げないでっ!」
今更だが本を抱え込みタイトルを隠す櫻。雄也はいつも通りの惚けた表情で立っている。
「と言うか、喜多川。その雑誌は女子高生が買うには背伸びし過ぎだ。この辺にしておけ」
「え? そ、そうかな……」
「お前はアラサーOLか」
どうやら櫻の選んだ雑誌は年齢層が大分上の物だった様だ。雄也の謎の女子力に戸惑いながらも、櫻は持っていた雑誌を入れ替える。そして、
「……場所を、変えましょう」
孝輝の為の研究雑誌を選んでいるのを見られたのが恥ずかしかったのだろう。頬を染めてそう言うと、櫻は会計を済ませて、雄也を連れて本屋を後にした。
◆
同日、孝輝の部屋。
「はぁ、身体がダルい……」
どうも体調が悪い。試験勉強の一夜漬けが祟ったか……。 関節の節々が痛いし、熱っぽいし、鼻水出るし。
昨日教室で長時間寝たからか? 完全に風邪を引いたな……。夏風邪は何とやらと言うから、俺にはお似合いかも知れないが。
しかし、昨日はエラいもんを見てしまった……。
顔は伏せていたから見た、と言うより聴いた、が正しいが。女の戦い、と言うヤツか……恐ろしい。
櫻は俺が電話に出なかったから心配で来たんだろう。夏目さんは、恐らく試験後の休みに会おうと言う誘いの返事が欲しかったんだと思う。
まあ今のこの体調では出掛ける事は無いが。
そして雄也。あの時俺の狸寝入りをバラした男。
事態の収拾に必要な犠牲だったのは分かるが、本音は……あのまま寝ていたかった。嵐が過ぎ去った後、え?何かあったの? と言うアホづらで起きたかった。
そんな事を考えていると、俺の携帯が着信を伝えてくる。その相手は、夏目さんだ。
うーん。まあ誘われても今なら体調不良で断れるし、取り敢えず出てみる事にしよう。
「はい」
『あ、徳永君……私、夏目です』
夏目さんのその弱々しい声色は、あのバトルを聴いていた俺には完全に別人に感じた。
「ああ、どうしたの?」
『き、昨日はその……!なん、て言うか、売り言葉に買い言葉になっちゃって……ええと』
あの堂々とした言葉を櫻に喰らわせていた夏目さんは、歯切れも悪く、着地点も見えていない様な不安定な口調で話している。
「お、俺は寝てたから」
『…………本当に?』
嘘です。
「ああ」
『それなら、いいけど』
再現出来る程思い返しましたけどね。 衝撃的な場面だったので、表情は予想でしかないけれど。
『……徳永君、ちょっと鼻声じゃない?』
「え、ああ。夏風邪引いたみたいだ。折角の休みなのにね」
そう言う事だから、すまないね。
別に夏目さんと出掛けるのが嫌な訳では無いが、本命はヤキモチな彼女だしな。
『大丈夫なの? 一人暮らしなんでしょ?』
……何で知ってるのかな?
クラスメイトだし、どこからか聞いても不思議は無いけれど。
「何とかね。あるもの食べて飲んで、寝てれば治ると思うから」
ロクな物が無いのは分かっているが。恐らく在庫は、カップラーメンと水、お茶ぐらいか。薬も無いな……。
『ダメだよそんなんじゃ! お薬は?』
「えーと、ある、と思うよ」
また嘘付きました。ごめんなさい。
『………今から行くから』
「え?」
電話は切れていた。
薬が無いのはバレたみたいだな。
しかし、成る程。考えてみればこの展開は当たり前の流れかも知れないな。デートしたい、体調悪くて無理、だけど俺は体調不良で家に居る訳だから、逃げも隠れもしない。それなら家に行けばいい。
流石は
少し考えれば分かりそうな物だ。
――『大丈夫なの?』……心配そうな夏目さんの声は、ちょっとヤバかったな。
身体が弱っている時に女の子からあんな声で心配されたら、男なら仕方ないと思う。そうだろ? そうって言ってくれ……。
と言うか、何で俺の家知ってるんだろう……。
◆
本屋を出た櫻と雄也は、近くのファミレスに来ていた。
「久保君。ここは私が奢るから、今日見た事は忘れるように」
「わはっはわかった」
ハンバーグを頬張りながら雄也は櫻に返事をした。
「昨日の事に比べれば可愛いもんだ」
「――き、昨日も……出来れば忘れて下さい」
「考えとく」
今日ここ迄の展開で、つい昨日を忘れていた櫻は雄也の言葉で思い出し、恥ずかしそうに俯いている。
そして、弱々しい声で、
「夏目さんは、孝輝の事……本気だよね」
「お前は違うのか?」
「……本気だよ?」
そう言った櫻を揶揄う様に雄也が覗き込むと、櫻は更に下を向き顔を赤く染めた。
(面白い)
櫻の顔を眺めながら、観察する様に雄也は見ている。
「だったらいいじゃないか」
「で、でも、孝輝が実はロリ好きだったらどうしよう?」
「喜多川、教えてやろう。そもそも男は大体ロリ好きだ」
「えぇっ!?」
雄也の発言に驚き狼狽える櫻。
雄也は続ける。
「しかし勘違いするな、このロリと言うのはあくまで年下の、と言う意味だ」
「わ、わかんないけど?」
「例えば二十代後半の男が女子高生と付き合えば、その男はロリ好きだろう」
「う、うん。そうだね」
まるで教えを請う生徒の様に雄也の言葉を理解しようと聞き入る櫻。
「俺達は高校一年。そもそも現在、全員『ロリ』なんだよ」
「――なっ!?そ、そうだったんだ……」
目から鱗、と言う表情の櫻。
そして雄也は、
「大体同級生では、本当の意味でのロリは成立しない。ただ幼い顔と言うだけだ」
「そ、それもロリじゃないの?」
「かもな」
「えぇ!?」
何ともいい加減な雄也の物言いに不満を訴える櫻。
デタラメ宣教師の雄也は、櫻を宥める様に、
「あのな、孝輝は知り合ってから一ヶ月で喜多川に告白したんだろ?」
「まぁ、大体そうかな?」
「て事は、見た目はどう考えても喜多川がタイプなんだから、その有利は変わらないだろうが」
雄也がそう言うと、次第に櫻は目を輝かせて言った。
「そ、そうだよね! 振られたとはいえ、一日の長は我にあり!」
盛り上がる櫻から視線を外し周りを見回すと、何人かの注目を集めている事に雄也は気付いた。 なにも気付かない櫻は、拳を突き上げ更に気を吐く。
「ぺったんこロリに取られてなるものかっ!」
(な? この子、面白いだろ?)
ギャラリーを横目に見ながら、雄也はニヤニヤと笑みを作っていた。
その頃、熱にうなされる孝輝の部屋に
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