9話 四人の休日 中編

何とか最低限の片付けをして、夏目さんの来訪に備えた。すると暫くしてインターホンが鳴り、俺は玄関のドアを開ける。


「はい」


「おはよう。ね、寝てていいから。……お邪魔します」


「あ、ああ」


 少し早口にそう言った夏目さんの頬は赤く染まっていた。それは看病の為とは言え男の部屋に来た事になのか、昨日の事をまだ引きずっているのかは分からないが。


 ……キャリーケース!?と、泊まる気じゃないよな?


「あ、あの、大分荷物がアレだけど……」


「あ、うん。調理器具とか何あるか分からなかったから、念の為色々持って来ただけ」


「そ、そう」


 成る程、安心しました。それにしても荷物が多いとは思うが……。


 今日の夏目さんは、何時ものポニーテールではなく下ろしていて、胸のラインぐらいまでふんわりと巻いた髪が伸びていた。


 女の子は髪型一つで大分変わるものだな、とつい眺めていると、


「……どうしたの?」


「あ、いや、いつもと髪型が違うから」



 じろじろと見過ぎたのか、夏目さんに気付かれてしまった。



「う、うん。……どっちが好き?」


「どっちも、その、似合うと思うけど、今日のも可愛いね」



 つっかえながらも俺がそう言うと、夏目さんは顔を赤くして俯いてしまった。



「……これ、飲んで横になってて」


「え、うん」



 渡されたのはスポーツドリンクと、コップ。それにリンゴを摩り下ろした飲むゼリー的なアレだ。


 俺は言われるままベッドに横になり、水分と栄養を補給した。ああ、やっぱりちゃんと必要な物を摂取する事は大事だな、と身体が欲しがっていたのを感じる。


 そう言えば部屋に女の子が来るなんて、今まで櫻が一度来たきりだったな。……別れた日ですが。


 狭いこの部屋のキッチンから調理をする音が聞こえる。そんな珍しい状況に新鮮さを感じていると、夏目さんが俺の傍にやって来て、


「おでこ出して」


 俺は手で前髪をあげて額を出す。すると、額に冷んやりとした感触を感じる。夏目さんが冷却シートを貼ってくれた様だ。


「もうちょっと待ってね」


 そう言って夏目さんはキッチンに戻って行った。

 暫くして、俺の100均で買った茶碗にお粥が取り分けられ、夏目さんが持って来てくれた。


「自分で食べれる?」


「うん。大丈夫」



 流石にそこまで重病じゃないし、食べさせてもらうなんて事は出来ない。

 お粥を受け取り「頂きます」と言って食べ始める。

 梅の入ったお粥は、優しい味がした。



「美味しい」


「そう? 良かった」



 優しく微笑む夏目さんに胸が高鳴ったのは、熱のせいだろう。勘違いは事故を招くぞ。


「ご馳走様でした」


「はい。じゃあこのお薬飲んでおいてね」


 薬を渡され、夏目さんはキッチンで片付けをしている。 何から何まで、すいません。


 片付けが終わると夏目さんが傍に来て、


「具合、どう?」


 心配そうな顔で見てくる。

 夏目さんの今の体制は恐らく、クッションに膝をついて俺の横になっているベッドに手をついている格好だと思う。


「うん。お陰様で楽になったけど、夏目さんに移らないかな?」


「私もお薬飲んだから平気。残ったお粥はタッパーに小分けして置いたから、食べられる時に食べてね。梅干しも冷蔵庫に入れてあるから」


「色々ありがとう。本当に助かったよ」


 人の優しさが身に染みる。特に身体が弱っている時は、その温かさを素直に感じる。


「ううん。私がしたかったからしただけ。でも……」


 突然夏目さんは寂しげに、その表情はどこか憂いを帯びている様に感じた。


「徳永君が今、本当に傍にいて欲しいのは……私じゃないでしょ?」


 苦笑いをしながらそう言った夏目さん。その瞳には薄っすらと涙が浮かんで……何だ?自然と言葉が出た。



「泣かないで」


 そう言った。ーー俺が? まるで無意識に、夏目さんこの子の泣き顔を見たくない。そう思った。



「……泣いてないよ」


「ーーっ!?」



 囁く様なその声に、何かが重なる気がした。

 もう少し、あと少しで届きそうな……。

 でも、何に、届くのか。


 余りに漠然とした、掴み所のない問題に俺が迷い込みそうになった時、


「ほら、もう寝て。徳永君が寝たら帰るから。鍵はかけて郵便受けに入れておくね」



 夏目さんは、また冷却シートを貼り替えながら安静を促してくれる。彼女の優しさに甘えるばかりの自分。俺はラインの返事すらしなかったのに……。


 薬が効いてきたのか、眠気が襲ってくる。

 ……最近、俺寝てばっかりだな。



 病人は、寝るのが仕事……か。


 でも、気掛かりな、何かがある様な……。


 そうは思いながらも、重くなる瞼が俺をまた眠らせる。

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