7話 寝たふりしてる間に
「はい!そこまで!」
試験官の号令で、期末試験は終わった。
ペンを置き、皆それぞれに伸びをしたり、達成感と失望感が混じり合う、大きな溜息が教室に渦巻く。
俺は、もう……限界だ……。
試験前に色々あり過ぎた。
そこからの準備不足の期末試験。徹夜の試験勉強で何とか赤点は避けられた……筈だが、体の負担は大きい。
明日からはテスト休みだ、ありがとう。素直にそう言えます。
寝かせて下さい。何でもします……。
それから、テスト休みやテストの返却日、終業式などの説明があったが、俺は睡魔に襲われ、それと戦う気も無くあっさりと白旗を掲げた。
机の上に顔を突っ伏し、欲求のままに意識が遠のいていった……。
………………………………………………
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………………
◆
期末試験が終わり、解放感と明日からのテスト休みにクラスメイト達は心躍らせて教室を後にする。
そんな中、睡魔に負けた孝輝は一人机に突っ伏したまま眠っていた。
その側には呆れた表情の雄也が、ペシペシと孝輝の頭を叩きながら声を掛けていた。
「おい、起きろ孝輝」
叩いても声を掛けても孝輝は起きる気配がない。どうやらかなり深い眠りに堕ちている様子。
「このまま帰ってもいいんだけどな、友達が寝込みを襲われるのを黙って見ているというのもな」
「――ッ!」
その時廊下側から物音がした。雄也はまるで分かっていたかの様に気にせず、腕組みをしてから、
「ふむ、深い眠りに堕ちた者を救うには、そうだな、王子様の口づけを……」
言いながら雄也は眠る孝輝に顔を近づけ、その唇に吸い寄せられる様に……。
「――やめんかいチャラ王子ッ!BL路線禁止!」
慌てて教室に入って来たのは血相を変えた派手な女子生徒だ。
「やっと出て来たな、凛」
「凛て言うなバカ雄也!私をそう呼んでいいのは、彼だけなんだから……」
怒りの形相から一転、恥じらう乙女に変わり頬を染める凛。その様子を見て、馬鹿らしいと言わんばかりの顔で雄也は、
「お前は凛なのに、凛を一人に絞るのはそもそも無理があるだろう」
「彼はね、私の事を凛じゃなくてりんて呼ぶの……ふふ」
何が違うのか。恋する乙女に何を言っても仕方ない、雄也はこの件は放置する事にした。そして、孝輝の頭を無造作に叩きながら、
「彼ってのは、コレか?」
「叩くな!……そ、それにしても起きないな。ちょっと心配だし、や、やっぱりここはお姫様の、愛の、口づけで……」
「おい、意地悪魔女の口づけは呪われ――」
言葉を遮られた雄也は、凛に顎から頬を力強く掴まれて黙り込む。
その時、孝輝の携帯に着信があった。携帯の画面には櫻と出ている。それを見つめる二人。
「本物のお姫様から呼び出しだ」
「…………雄也、本気で怒るよ」
さっきまでのお遊びとは違う、表情を明らかに昏くした凛が俯きながら低い声を出す。
そんな凛を見て、雄也は一つ溜息を吐いてから話し出した。
「大分急ぎ足での接近だったな。別れて直ぐだ、ちょっと焦り過ぎじゃないか?」
「ゆっくりしてたら、また誰かに取られちゃう。見ての通り喜多川さんはまだ徳永君とちゃんと終わってない。……もう待つのは嫌。後悔もしたくない」
入学して間も無く、想いを伝える前に誰かの物になってしまった孝輝。その時の臆病な自分にならない為に行動する。そう決意を込めて凛は言い放つ。
まだ下を向いている凛を見つめて、雄也は一度目を瞑ってから息を吐き、
「そうか、分かった。頑張れよ」
「何それ? 雄也は徳永君の友達なんだから幼馴染の私に協力しなさいよ」
「嫌だ、俺は挟まれるのは御免だ」
それから暫く、二人は何をするでもなく孝輝が起きるのを待っていた。
すると廊下から足音が聞こえた。その足音は段々と雄也達のいる教室に近づいてきて、教室のドアを開ける。
「あ、久保君。え……夏目さん?な、なんで?」
その足音の主は、電話に出ない孝輝を心配して来た櫻だった。
「こっちの台詞だけど? 別れてから徳永君に近寄らなかった癖に何しに来たの?」
「――っ!!」
「オレハハサマレルノハゴメンダ」
辛辣な凛の言葉に怯んだ櫻。確かに凛の言う通り、学校では孝輝とまだ距離を取っているのは事実だ。
だからと言ってこのまま引き返すのも嫌だった。目の前に孝輝は居るのだから。
「電話も、出なかったし。まだ寝てたら起こしてあげないとって思って来ただけ……」
歯切れ悪く言葉を紡ぐ櫻。弱々しく窄まった声は凛に呑まれる。
「オレハハサ……」
「喜多川さん。安心して?徳永君が起きるまでちゃんと私が傍にいるから。疲れて眠っているんだもの。寝起きに元カノの顔なんて見たら可哀想……」
そう言った凛の瞳は、優しく、慈しむように孝輝を見つめている。
「ーーっ!!ぅぅぅ〜……!」
凛の追撃に呻きを上げる櫻。
その時、
「……ん?」
雄也が何か異変に気付いた。
「そ、それなら寝起きに夏目さんなんか見たら、孝輝が小学校にいるって勘違いするでしょ!?」
「――はぁ!?どこにこんな明るい髪の小学生がいるのよ!?」
櫻の反撃は幼稚にも感じたが、思いのほか凛の心を乱していた。
「お前らそろそろやめた方が……」
雄也の言葉は烈火の如く燃え盛る二人の女子に掻き消され、その戦いは続いた。
「ハーフの小学生かも知れないでしょ!? あ、ハーフならもっと胸あるか(偏見)」
雄也は思った。後半の台詞は素だな……。
「なっ…!ふ、振られたくせに出しゃばらないでよ!」
遂には凛も真っ赤な顔で応戦し出した。最早ほとぼりが冷めるのを待つ事にしたのか、雄也は観戦モードだ。
「だからって夏目さんみたいな尻軽ギャルに孝輝はあげない!」
「自分の物みたいに言わないでよね!大体ちゃんとさせてあげたの?まさか何にもって事はないよね?」
凛は櫻の所有者ぶりに腹を立て、軽い女と言われたのを逆手にとって櫻に反撃の言葉を浴びせる。
「し、してないけど……してもいいよって言いました!」
顔を紅潮させて櫻は言い放つ。それを聞いた凛は、
「いいよって言ったのにしなかったの?ご愁傷さま。喜多川さんとしたくなかったって事でしょ?」
「ち、違う!」
「可哀想、徳永君。私ならちゃんとしてあげるのに」
眠る孝輝に近づき、愛しげに眺める凛。
その様子を見た櫻が吠える。
「孝輝に近寄らないで!ベテランのペチャパイなんか孝輝だってしたくないもん!」
「こ、このわずかな膨らみに価値があるのよ!それに私まだしてないもん!……あ」
「はぁ〜?今なんて言いました?散々言っといてまさか新品ですかぁ?」
凛の失言を櫻が目ざとく攻め込んで行ったその時、事態の収拾をすべくあの男が立ち上がった。
「良かったな孝輝。二人ともやらせてくれるってよ。感想教えてくれよな」
「「え!?」」
雄也の言った言葉は、二人の戦いを一瞬止める。そして、
「大分前から起きてたもんな、お前」
「…………」
そう言った雄也の言葉に、櫻も凛も真っ赤になって俯いている。孝輝は何とか寝たまま乗り切りたいのだろう。未だ狸寝入りは継続中だ。
「う、嘘……孝輝」
「そんな……徳永君に、聞かれてた?」
会話の内容を思い出すと更に恥ずかしくなり、俯く角度も真下まで来ている。
「殆ど全部聴いてたもんな。起きれないよな、あれじゃ。孝輝……君!」
雄也は伏せている孝輝の顔を両手で持って顔を上げさせる。
すると、汗だくの顔を引きつらせながら、
「お、おはよう……」
櫻と凛は逃げて行った……。
「面白くなって来たな」
雄也は楽しそうに笑っていた。
今は孝輝と雄也、二人だけになった教室。 そこには激しい女の戦いが終わり、静寂を取り戻したいつもの放課後が戻っていた。
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