6話 またね


「はぁ……返事、こないなぁ……」


 明日から期末試験だけど、別に今更私は特別な事はしない。今はまだ夜の9時。既に私はベットの中で、返事のない携帯の画面を眺めて悶々としている。

 普段から勉強していれば一夜漬けなんてしないでいいんだから……もぅ。


 今日、やっと徳永君とちゃんとお話し出来た。番号まで教えて貰えたし、我ながら大分頑張ったと思う。

 雄也の奴が一緒にいてちょっとやりづらかったけど……。


 クラスの女友達は私が軽い気持ちで声を掛けたと思ってるだろうな。


 徳永君……話し掛け易い様に、わざと軽い女の子を演じたんだよ?

 本当は緊張して震えてたんだから……。


 本当の事は誰にも言ってないし、幼馴染の雄也だって気付いてないと思う。雄也アイツには子供の頃話した事はあるけど。



 徳永君……。



 覚えてないよね?きっと……。


 私だって忘れてたんだから、徳永君が覚えてる訳ないか……。



 ◆



 私が小学校に上がってから最初のゴールデンウィークに、家族でお出掛けをした。連休と言うことで混み合っていたけど、私は楽しくて、一人で走り回って遊んでいた。



 パパやママの事も、時間も忘れてはしゃいでいた私は、いつの間にか一人になっている事に気付いた。慌てて家族を探してはみたけど、パパもママも中々見つからなかった。

 段々と不安になり、泣きそうになってしまった時、一人の男の子が声を掛けてきた。



「ねえ、どうしたの?」


「…………」



 突然声を掛けられて驚いたし、迷子になったと自覚して急に不安になっていて、何も言えなかった。


 男の子は背格好から私と同じくらいの歳かなと思ったけど、私は昔から小さかったから、彼はそうは思わなかっただろうな。


「ねえ?」


「…………」



 また私に声を掛けてくる。

 でも、迷子になったなんて、恥ずかしくて言えなかった……。

 私が黙っていると突然その男の子は、



「じつはオレ、迷子なんだ!」


「え……?」



 その時見上げて見た男の子の顔は、迷子になったのにとても元気で、不思議な子だなって思った。



「もしそっちも迷子ならさ、どっちか見つかるまでいっしょにあそぼうよ!」



 そう言った男の子の顔は、不安の一欠片もない笑顔に見えた。当時の私は、この子、怖くないのかな? 男の子ってこうなの? そう不思議に思っていた。



「ダメ?」



 また男の子は話し掛けてくる。

 その時は、ちょっと寂しそうな顔で私を覗き込んできた。だから私は咄嗟に、



「い、いいよ」


「ホント? やった!」



 本当に嬉しそうに私に向けられた笑顔は、当時の私の胸を震わせた。

 きっとあの時、もう好きだったんだと思う。子供の恋心だったけど……。



「オレの名前はこうき! そっちは?」


「……りん」


「そっか。じゃありんって呼ぶね! オレのことはなんでもいーけど、どうする?」


「え……?」



 どうしよう、何がいいかな……でも何でもいいって言われたし、



「じゃあ、こーくん……」


「わかった。行こう、こっちだ!」



 そう言ってこーくんは私の手を取り、楽しそうに走り出した。その後も、「こっちだ!」と言って私の手を引いてくれた。



 それから二人で走り回って、いつの間にか私も楽しくなっていて、迷子になった不安も忘れて遊んでいた。でも、こーくんが私から手を離して先に行っちゃった時、



「ま、まって!」



 私はこーくんとまで逸れたくなくって必死に追いかけた。だけど、慌てていたから転んじゃって、この人混みじゃこーくんを見失っちゃうと思って、急いで顔を上げると、





「だいじょうぶ? りんは手をつないでないとダメだなぁ」



 少し困った顔で手を差し伸べてくれているこーくんが居た。



 それから私を立たせてくれて、洋服をぽんぽんと叩いてくれた。

 私は、転んだのはちっとも痛くなかったけど、それをこーくんに見られたのが恥ずかしいのと、逸れなかった安堵感とがゴチャ混ぜになって、顔を真っ赤にして泣き出しそうになってしまった。



「な、泣かないでよ?! 泣いたらもう遊べないからね!」



 泣きそうになっている私にこーくんが慌ててそう言った。

 だから私は、こーくんとまださよならしたくなくて、必死で涙をこらえて、



「もう……へいき」


「よかった! 今度はちゃんと手つなぐからさ」


「うん」



 こーくんがそう言ってくれたのがとっても嬉しかったのは、今でも覚えている。

 その後、こーくんが急に考え込み出した。



「うーん……」


「どうしたの?」



 その様子を見て、私は泣かなかったけど、やっぱりさよならされちゃうのかもって思って、不安になっていた……。



「……わかった!」


「え?」


「りんはさ、ここだったらーーに似てるな!」



 不安になっていた私は、その突拍子もないこーくんの発言に、段々と可笑しくなってきた。




「……ふ、ふふ……あははは!」





 何を考えているのかと思ったら、全然的外れなことを言い出したこーくんに私はお腹を抱えて笑い出した。



「そ、そんなにおもしろいこといったかな?」



 こーくんが恥ずかしそうな顔をしているのが可愛くて、もう少し見ていたかったけど、



「こーくん、ここにーーはいないとおもうよ?」



 私がまだ少し笑いながらそういうと、照れながら口を尖らせたこーくんが、



「じゃあさ、オレはなんに似てるかいってよ」





「んー?えーとね、こーくんは……あ!ーー!」





 そう言った私にこーくんは目を丸くして、それから笑い声混じりに言った。



「り、りんっ!ーーもここにはいないって!」



 こーくんが大笑いし出して、釣られて私もまた笑った。

 二人で大笑いして、本当に楽しくて仕方なかった。


 お互い迷子の癖に、こんなに楽しくて、いつの間にか私もこーくんと同じ、不思議な子になってた。



 その時、笑い合っている私達の後ろから声がした。

 振り返るとそれは私の両親で、とても心配そうな顔をしていた。


 それから私と両親、それにこーくんで、今度はこーくんのお父さんと合流して、親同士が話をしていた。



 私もこーくんも、きっともうさよならなんだってわかってきて、私はすごく寂しくて俯いていた。

 近所の友達じゃないし、もう会えないかも知れない……。



 そう思ったら涙が溢れてきて、でも、子供の癖に声を殺して泣いたのを覚えている。


 だって、そうでしょ?




「りん。泣いたらもう遊べないっていったろ?」



 ほらね。



 私の側に来ていたこーくんがそう言ったから、



「……泣いてないよ?」



 顔を上げて私はそう言ったけど、涙でこーくんの顔はぼやけていた。



 その後こーくんが言った言葉を、どんな顔で言っていたのかはよく見えなかったけど、きっと……。


 あの、私の胸を震わせた笑顔で言ったんだと思う。






「よし、それならまた遊ぼうね! またね、りん」





 その言葉に返事を出来なかったのが、今となっては心残りになっている。





 あれからこーくんと何度も会いたいと願ったけど、その願いは叶わずに、時間が思い出を薄れさせていった…………。



 ◆



 十年後。



 高校生になった私は、自分の教室を探していた。


 その時、



「ええと、1ーEは……」



 私と一緒で教室を探している男子がいる。1ーEなら、私と同じだ。

 良かった、この男子について行けばいい。そう思って見ていたら、





「こっちか」




「え……」




 そう言って振り向いた横顔が、私の記憶の扉の一つをノックする。



 振り向いた知らない男子が、『こっちか』。そう言った。



 その顔が、私の薄れていった記憶の、迷子の不思議な男の子と少しずつ重なり、その後、不意に笑ったその笑顔が私の記憶を呼び起こした。





「こー………くん?…………嘘……」





 信じられない再会だと思った。



 願いが叶ったと思った。



『またね、りん』



 そう言ってくれたのを思い出す。



 あの時は返事が出来なかったけど、今なら……。





 自己紹介で初めて知ったのは、こーくんは『徳永』という苗字らしい。


 高校生になったこーくんはとてもカッコよくなっていて、早くお話して、『りん』だよって言いたかった。



 宜しくね、徳永君。


 直ぐに『こーくん』って言うから。

 そう心に決めた。






 ーーーーなのに………。





 入学して直ぐに彼は違う女の子に夢中で、それを見るのが辛くて、とても声を掛けられなかった……。



 私の方がずっと前から知っているのに。


 私の方が絶対好きなのに。




 ずっと我慢してきた。

 ずっと見ているだけだった。



 ーーそして今。



 私にもやっと徳永君を誘えるチャンスが来たんだもん。


 尻込みなんかしてられない。


『徳永君』のままなんか嫌だ。




 だから……二人で行きたい場所があるんだよ?



 ――お願い。



 またの名前で呼びたい。





 また、私の手を引いて…………。




 一緒に行こうよ。




 もう一度。

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