5話 俺が鈍いのか

 雄也から自分の現在の状況を知った俺は、少し自重しなければと反省した。このままではただの女たらしの汚名を受けてしまう。

 櫻とは真剣に付き合っていたし、夏目さんとどうこうなろうなんて流石に思っていない。今の俺が一番気になるのは勿論、本当の喜多川櫻なのだから。




 授業の間の短い休み時間、トイレに行った俺は教室に戻る廊下を歩いていると、前から歩いて来た櫻と偶然向かい合った。



「…………」


「……なに?黙っちゃって」


 俺は朝の夏目さんの件もあって、何となくバツが悪く感じて直ぐに言葉が出なかった。

 それと、明らかに不機嫌を訴える櫻の顔が……。



「いや、何でも」


「お弁当作ってくれる可愛い彼女探すんでしょ? 早速夏目さんと楽しそうに話してたもんね」


「あれは……」

「とでも言うと思った?」



 櫻は弁解しようとする俺に指差ししながら言葉を遮った。



「いや、まぁ……」


「別に今はもう付き合ってないんだし、私が文句言う権利はないから」



 歯切れの悪い俺の返事の後に、胸を張り腕組みしながら櫻は言い放つ。

 言っている事は真っ当で、昨日は昔に嫉妬や我儘で振られたと言っていた櫻だが、成長したんだな。と思った。



「まぁ、お互いそうなるな」


「――ッ!」



 俺は同意する言葉を言っただけのつもりだったが、櫻の表情が瞬間、変わった。



「……何それ」


「え?」


「いくらなんでも早過ぎない!? 私の久し振りの登校初日から他の女の子にデレデレしちゃって! 昨日は、嬉しかったけど……バカ!」



 櫻は怒りを露わにそのまま俺とすれ違い、去って行った……。



 俺は突然の豹変ぶりに呆気に取られて立ち尽くす。

『私が文句言う権利はない』。そう言っていた櫻は、その内容を存分に怒りを乗せて言い放っていた。


 櫻のその後ろ姿を茫然と見つめながら、人間……中々本質を変えるのは難しい。と思ったのだった。



 それから昼休みまでの間に櫻からメッセージが来た。



『さっきはごめんなさい。つい悪い癖が出ちゃって……反省してます』


 正直、気にしていないと言えば嘘になるが、久し振りに学校に来た櫻は今ナイーブな時期だと思うし、気にしないでいい。と言う様な内容を返した。


 実は、もう一件メッセージが届いていた。

 それは、


『凛です。番号登録したらライン出て来たから送っちゃった! よろしくね! 試験危ないなら協力するよ? 私前回の試験学年4位だったし、教えてあげられるトコあると思うよ!』と言う内容だ。


 有難い申し出ではあるけれど、これ以上櫻の、いや、クラスでの俺の評判を下げるのは避けたいので丁重にお断りした。


 しかし、夏目さんが学年成績上位とは……。

 勝手に俺は、派手で小柄だからか無邪気な明るさを感じる夏目さんに対して、秀才と言うイメージは無かった。

 人を見かけで判断してはならない。


 見た目、と言えば確かに櫻とは違った可愛さがあるけれど。……待て待て、馬鹿な事を考えている場合か俺は。自重はどうした。


 それから暫くして、


『ざーんねん。じゃ試験終わったら遊んでね! 色々あったみたいだけど、高1の夏は一度しかないよ〜』



 ……このメッセージに関しては、返信しなかった。と言うか、何て返せばいいか分からずにそのまま、と言う状態だ。


 何故なら、俺だって馬鹿じゃない。別れて直ぐの俺に声を掛けてきて連絡先を聞いてきた女子が、自分に好意を持っている事ぐらいは分かる。


 だが、俺と櫻は終わらせて、やっと始められたんだ。

 ただ別れただけの二人じゃない。それは俺と櫻しか知らない事だし、当然夏目さんはそれを知らずに俺に声を掛けて来ている。


 勿論フリーになった櫻の方にも今がチャンスと言い寄ってくる男達が出てくるだろう。櫻は元々クラスの憧れの女子だし、あるいは他のクラスからだって声が掛かる事も十分に考えられる。


 そう言うライバル達には、実はアドバンテージを持っている俺はフェアじゃないと思うが、そこは飲み込んでもらうしかない。

 だからと言って俺が必ずまた櫻の彼氏になるか、それは分からないのだから。




 それから昼休みになり、俺は雄也に誘われて外で昼食を摂る事にした。雄也からこう言った誘いを受けるのは初めての事だ。

 少し気になるが、今の俺は教室よりも外の方が気が楽な事もあり、渡りに船と言う訳だ。


 とは言え、外は暑い……。

 適当な日陰を探して雄也と腰を下ろした。本日の献立も、パンだ。



「あれから夏目から何かあったか?」


「ああ、試験勉強手伝おうかと言われたけど、断ったよ。これ以上悪評が広まるのは避けたいからな」



 本当に珍しいな、雄也がこんな事を聞いてくるのは。

 夏目さんの事が気になるのか、何時もならこっちが何か言わなくてもいつの間にか理解しているのに。

 まさか雄也は……いや、考え過ぎだな。



「そうか。また考えなく一緒にいる所を見られて炎上するお前も見たかった様な気はするが」


「雄也、俺達友達だよな?」



 恐ろしい事を平気で言ってのける雄也。数少ない味方にこう言われると不安になる……。



「こう言っちゃなんだが、夏目さんは俺より雄也の方が合うんじゃないか? お互い見た目も派手で、お似合いに見えるけどな」


「俺と夏目が付き合う事は絶対にないな。俺は見た目通りいい加減だが、アイツは見た目と違って、重い……と言うと悪いが、そう言う奴だ」



 何となく雄也が夏目さんを気にしていると感じたから聞いてみたが、完全否定された。

 それに、何だか夏目さんの事を知っている様な口振りだ。



「何だか、詳しいんだな」


「夏目アイツの事はガキの頃から知っているからな」


「そうか。………は?」



 当然の様に話す雄也に流しそうになったが、二人は幼馴染って事か?



「お前、そう言う事は早く言ってくれよ」


「そうか。悪い」



 全く惚けた奴だ。そのくせやたらと鋭い時があるから掴めない奴なんだよな。



「そう言う事だから、夏目の邪魔をするつもりは無いが、軽はずみな事は言わない事だ」


「安心しろ、俺も色々あってそれどころじゃないからな」



 平然とそう言ったが、内心ちゃんと誘いを断って置いて良かったと胸を撫で下ろす。

 試験が終わってからの事はまだ宙ぶらりんだが、どうした物か……。



「色々……。喜多川の事か」


「まあ、言っても分からないと思うから」



 雄也には櫻が休んでいる間色々世話になったが、流石に事情は言えない。



「成る程な。お前の色々が喜多川なら、喜多川の様子が変わったのも納得だ」


「……どう言う事だ?」



 櫻の様子が変わった?俺以外には特に大きな変化は無かったと思うが。廊下での事を見られたのか? いや、雄也は見当たらなかった筈だ。



「お前と別れて喜多川が変わったなら、付き合っていた時の喜多川は猫でも被っていたんだろう。その上でお前の色々が喜多川なら、お前達二人は別れたが、まだ終わってないって事だ」



 ―――何だよ雄也コイツ…………。



 もう、怖くなって来たぞ友人よ。

 敵じゃなくて良かった。……味方、だよな?



「お前……それは特殊能力か?」


「お前が鈍いだけだろ」



 そう……なのか?


 俺は確かにそうかも知れないが、雄也お前が普通とは思えないぞ……。



 夏の暑さの中、俺に寒気を感じさせる友人の横顔は、相変わらず飄々としていた。

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