それから
「
人通りが少ない路地に面した喫茶店の奥の席で私は八兄にアイスココアを奢ってもらっていた。
「ここまで来てくれたんだし、これくらいは」
1人で八兄に会いに行くと言うと心配そうに送迎を申し出たり、駅まで送ってくれたりしたお兄ちゃんが一瞬頭をよぎる。
少しくらいなら1人で遠出も出来るのに。
八兄も、道順を教えてくれたり、駅まで迎えに来てくれたり……兄が2人いるように感じる。
「それで、話したいことって?」
向かいに座る八兄はアイスコーヒーを一口飲むと私をじっと見つめた。
銀くんなら炭酸とかオレンジジュースなのに、八兄は大人だな、なんて思ってみたり。
雑念を払うと私は深く息を吸い込み、八兄の目をしっかり見る。
「春に……ちゃんとお見送りの言葉、言えてなかった。……だからちゃんと言いたくて、来た」
この半年、新しい事務所で過ごして演技をしない時間を増やすように努力していた。
最初は私に「苦しそうな笑顔を振りまくくらいなら仏頂面でいろ」と言った凰さんの前で。次が凪さんの前、お兄ちゃんの前、他の事務所の人の前……。
戸惑われたり心配されたりしたけど徐々に"素の杠葉レイラ"を受け入れてくれた。
今だって演技しないようにしているけど、初恋の人でもある八兄には嫌われたくなくて演技しそうになっている。
どれだけ私は演技をしていたんだろう。
「ちゃんと……?」
先を促すように相槌のように入れられる言葉に頷く。
「ちゃんと。……ちゃんと私の言葉で、言いたくて。あのね、卒業おめでとう。八兄が引っ越すってお兄ちゃんから聞いた時、すごくショックだった。銀くんも引っ越して離れたし、八兄までって。……笑ってお見送り、出来たとは思うんだけどすごくすごく悲しくて寂しくて」
一気にここまで話す。涙が零れそうになって声が詰まる。
「……そんなこと、言ったら……お兄ちゃんも八兄も困らせるから笑顔でお見送りしたかった……の。自分でも知らないうちに、私、皆に演技して、嘘ついて。……いつの間にか私自身にも演技してて。……八兄にちゃんと、演技してない私の言葉を伝えたくて会いに来た。
すごく悩んだけど最近ね、八兄が八兄のやりたいことのために進学できたのが嬉しいって思うようになってきた。
卒業おめでとう。入学おめでとう。八兄がこれからも好きなことを思いっきり出来るように応援してる。
改めて……八兄にプレゼント。……受け取ってくれると、嬉しい……」
ヒグラシの鳴き声が絶え間なく続いている。
暦上、秋と言えど八兄のアイスコーヒーに結露が出来るくらいには暑い。
カラン、と氷が鳴る。
「ありがとう、レイラ。ありがとう、話してくれて」
八兄はテーブル越しに手を伸ばし私の頭を撫でる。
「それじゃあ、俺からも」と前置きすると八兄も話し出す。
「苦しい時は声をあげて。レイラの周りには心強い味方もたくさんいるはず。俺も、レイラの味方の一人。昔から見てるんだ。二人目の兄だと思っていつでも頼ってくれていい」
とても温かい声で。
お見送りをした日、お兄ちゃんから言われた言葉も思い出して、頬に静かに涙が伝った。
誰にもバレてない。だって私は演技のプロだから。
でも、私をしっかり見ていてくれる人たちにはバレバレだったんだろうな。
「プレゼント……2回も貰っていいの?」
「うん……邪魔だったら、ごめんなさい」
「開けてもいい?」
「うん……」
「……植物標本……ハーバリウム?だっけ」
「うん、出来るだけ小さいのにした」
「前のプレゼントはスノードームだったな。隣に飾るよ。ありがとうレイラ」
「あら、全寮制の高校?」
「レイラが見つけて来たのか?」
私がずっと自分も演技で欺いて来た結果、自分自身が分からなくなっていること。
両親の影響でチヤホヤされているんじゃないかってこと。
同期との差。焦り。
中学校であったイジメ。
ずっと溜めていたことを私は家族に話した。
八兄に会いに行った日の夜のこと。
お父さんもお母さんもお兄ちゃんも「頑張ったな」「良く話せたね」ってたくさん褒めてくれた。抱きしめてくれた。
私は小さい子みたいにいっぱい、泣いた。
それから徐々に自分と向き合うように気を付けた。
本当に自分が思っていること?周りの期待に流されて口角を上げてない?
分からなくなって落ち込んでしまうこともある。
そんな時は家族や事務所の皆が励ましてくれた。
凰さんには「少しはまともな笑顔が出来るようになってきたな」なんて言ってもらえた(すぐにお兄ちゃんにどつかれていたけど)。
中学校3年生の秋。
ぎりぎりまで進路希望の提出を引き延ばしていよいよ最終期限が迫る中、私は両親の前に一冊の高校のパンフレットを差出した。
「自分で何かしたいか分からないのなら、俺は1度離れることを勧めるよ。女優業を続けたくなるかもしれないし、新しい夢を見つけることがあるかもしれない。急いで答えを出す必要はないんだから」
1年前、八兄にちゃんとお見送りの言葉を言いに行った時に相談していた。
「自分が分からない」「何をしたいのかわからない」の答えはずっと頭の中にあった。
1度、今の生活を離れる。仕事も家族も。新しい世界に出て新しいことを始める。
それがきっと正しいと思っても、とても不安で足がすくんでいた。
でも、事務所では社長の方針で色々なジャンルのパフォーマーが新しいジャンルに挑戦するのが当たり前で、皆つらそうな時もあるけどそれ以上に楽しそうだった。自信に溢れていて眩しかった。
それがとても羨ましくて、私は勇気を出してお兄ちゃんと全寮制の高校を探した。
「俺が手伝ったけど、レイラがちゃんと決めてたよ」
お兄ちゃんがパラパラとパンフレットをめくる。
「レイラちゃんが寮に入るのは寂しいけど、お母さんも子離れしないとかしら?」
「なんだかんだ言って、俺を事務所の寮に入れなかったもんな母さん……」
「レイラが決めた事ならお父さんは応援するぞ。レイラは寂しがり屋だからぬいぐるみ持参できるか心配だな」
「……そんな子供じゃないって、お父さん」
「毎晩、ぬいぐるみと寝てるのにか?」
「それは……お兄ちゃん……!」
暖かな笑い声がリビングに響いた。
世間から、周りから私はすべてに恵まれた"幸福少女"に見えているかもしれない。
こうやって家族や気心知れた人たちと笑い合っている時、私は心から思うんだ。
私は"
だから、少しずつでいいから自分と向き合っていくの。
本当の自分を見つけられるように。
苦しくてもひとつずつ、乗り越えて。
幸福少女? りあ @raral_R
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