第37話 蛇は語る
不意に寒さを感じ、ヴァイナスは目を覚ました。
(――ここは、地下?)
あたりは薄暗い。まとわりつくような冷たさが不快だと起き上がろうとして、うまく体が動かせないことに気づいた。
(あぁ、そういえば……。私は餌としての役割をうまく果たせたようね)
自身の部屋で起こった出来事を思い返し、ほっと安堵の息を吐いたところで、突然明かりが灯された。
「ご機嫌いかがかな、添え物姫」
「――ジェオルジ……」
最初からここにいて、ヴァイナスの様子をうかがっていたのだろうか?
燭台に火を灯したジェオルジは、薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「私を、こんな陰気な場所に転がしておくなんて、どう言うつもり? 自分が何をしているか、わかっているの?」
「賢しげな口を利くのはやめたまえ、添え物姫。中身もなく薄っぺらで、出来る事はきーきー鳴くくらい……ねずみのようなお前には、似合いの場所だろう」
「……私には、こんな扱いを受けるいわれはないわ」
「はぁ?」
ジェオルジの三日月型につり上がっていた口が、ますます愉快そうに裂けた。
「あるからこそ、お前はここにいるのだよ。添え物姫、私の計画を狂わせた、忌ま忌ましいねずみ」
かつんと靴音を響かせ近づいてきたジェオルジは、ヴァイナスの長い髪を掴むと、強引に引っぱり起こした。
「痛っ!」
「くくっ」
ヴァイナスの顔が、痛みに歪むのを見て、楽しそうな笑い声を上げる。
「お前は、偉大な愛の邪魔をしているのだよ、無知で無価値な添え物姫」
ジェオルジの目が、きゅっと細められる。
「教えてあげよう。お前の行いが、どれほど愚かな事なのかを――」
そしてジェオルジは、うっとりとした顔で、歌うように言葉を紡いだ。――ある女性と、彼女に恋した男の話を。
◆◆◆
優しく微笑むその人は、自分のようなくすんだ髪色ではなく、キラキラと輝く、まるで絹糸のような美しい銀色の髪をしていた。
自分を見つめ、笑みの形に細められたその目は、咲き誇る赤薔薇を思わせるような、鮮やかな色だった。
初めて会ったときから、特別な人。
この世にこんな美しいものが存在するのかと、見惚れてしまう。
何時間、何日と見つめても飽きはしない。
いつだって優しい声音で名前を呼んでくれる彼女。
この世の汚れなどとは無縁な、美しいこの人こそ自分の運命の人だ。
彼は、信じていた。
美しい彼女が、自分以外の男の子供を孕むまで。
『貴方の妹よ』
汚れない彼女と、自分の運命の人を横からかすめ取った強欲な父との間に生まれたという妹。
なんと汚らわしい存在だろうか。
笑いながら、その汚物を見せる彼女が信じられなかった。
そんな彼女の肩を馴れ馴れしく抱く男――父も信じがたい。
あぁ、そうか。
きっと彼女は脅されているのだ。
自分たちが出会う前に、手に入れようと焦り、暴力を振るい意のままにしたのだろう。
父が、あの男が、結ばれるはずだったふたりの邪魔をしたのだ。
仄暗い感情が、彼の胸に宿ったのは、その時が最初だった。
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