第27話 密談

「おいおい、つれないな。もしかしたら、夫婦になってたかもしれない男に、随分な態度だ」


 ヴァイナスが同意し、部屋にはいった事でゼニスには当初の不遜さが戻って来た。皮肉っぽく笑う青年を、ヴァイナスは貼り付けた笑みでもっていなす。


「さすが、弟王子に全てを押し付けて逃げ出した御方ですわね。言う事が違います」

「はははは。言ってくれるな、ノーゼリアの添え物姫」

「……私は、事実しか口にしていませんが?」

「奇遇だな。俺も事実しか語っていない」


 またしても始まりそうな言い争いに、これ以上は見ていられないと思ったクロムが、ごほんと咳払いをした。


「ゼニス様はいい加減にしてくれ。……奥方様には、本当に申し訳なく思っています。――俺としては、貴方にここまでするつもりはなかったんですが……」


 表情を改めたクロムの口調は、あまりにも沈痛な響きを持っていた。

 以前、クロムに対して持ってしまった疑いが、再度浮上する。


(騙されたな……? いいえ、そんな筈はないわ……)


 今の構図は、まんまとおびき出された自分と、逃げ出したはずの第一王子……。そして、申し訳なさそうなクロム――。

 だが、自分を害するつもりならもっと早くに、そしてもっと確実かつ隠蔽しやすい方法で片付けているだろう。機会はいくらでもあるのだ。


 それに……と、ヴァイナスはクロムを見る。


(この人は、セレスト様を裏切らない)


 セレストの事を、心から心配している男だ。セレストのそばにヴァイナスがいて、喜ぶことはあっても不快な顔をすることは無い。

 笑うセレストを、安心したように見守っているクロムが、セレストとすでに十分に関わり合っているヴァイナスを、こうもわかりやすく消し去るはずがない。


 クロムはセレストを大切に思っている。

 自分もまた、セレストを大切にしたいと思っている。

 そんな今だからこそ、ヴァイナスは断言できた。


「言ってください、クロム。――私は、貴方を信じます」

「……え?」

「セレスト様の一番近くにいる貴方の言葉なら、他の誰よりも信じるに値します。ですから、ここまでして私をゼニス様と対面させた理由を教えてください」


 クロム達は、ヴァイナスの言葉にポカンと口を開けて呆けていた。

 しかし、不意に笑い声を上げる。


「っははは! 奥方様、貴方って人は……! ほんと、どこまでも予想できない人ですね!」


 心の迷いが吹っ切れたような、晴れやかな笑い声だった。


「おい、笑っている場合か。俺を無視して、二人でわかり合うな。……ほんとうに、食えない女だな添え物姫」


 反対に、苦虫を噛み潰したような顔をしているのはゼニスだ。


「それは、お前の顔が怖い上に、態度が悪いからだ。奥方様に誤解される」

「このタレ目……! 俺ほどの男前を捕まえてよくも……! そもそも、お前の胡散臭い面構えだって、相当なものだぞ! ……えぇい、いつまで笑ってるんだ!」


 我慢できないとばかりにゼニスからクロムの足へ、蹴りが飛んだ。


「この万年糸目の腹黒男を、ここまで爆笑させられるんだ。……たいした女だ」

「褒められている気が全くしないのは、なぜでしょうね?」

「それは、単にお前がひねくれているからじゃないか? 俺は、心から褒めているからな。さすが、あの変態中年に、真正面から噛みつくだけの度胸がある女だと」


 変態と言われた時点で、たった一人の顔しか思い浮かばないヴァイナスは、嫌々ながらその男を示す役職を口にした。


「……宰相の事ですか。……話と言うのも、あの男の事でしょう?」

「ああ、そうだ。わかっているじゃないか」


 ゼニスは腕を組み鷹揚に頷いた。


「口に出すのも嫌な名前だが……イグニス王国の宰相ジェオルジの、セレストに対する態度を、お前はどう思った? ……セレストは、自分は嫌われているとしか思っていないが……」


 ゼニスは、心底嫌そうだった。

 あのジェオルジという男は、セレストに縁のある人間全てに嫌われすぎだ。しかし、ヴァイナスにしてもやはりあの粘着質な男は好かないため、同情心は欠片もわいてこない。


「…………甥と接するような態度とは思えません。嫌悪とも、また違う……執着染みたものを感じました」

「――そうか。……奇遇だな。俺も、同意見だ」


 ゼニスが、居住まいを正す。


「……ヴァイナス姫。母上の茶会と偽ってこの部屋に呼びつけた理由は一つだ。……セレストを守るため、俺に協力して欲しい」

「……どういう事です?」

「言葉通りだ。……自分でも分かっているとは思うが、お前はジェオルジを煽りすぎた。近いうち、あの男は必ず行動を起こす――目障りな異物を取り除こうとな」


 目障りな異物――それが意味するところは、自分だろう。言われずとも察したヴァイナスは、続きを促した。


「……セレスト様にも、危険が及ぶ可能性があるという事ですか?」

「言ったとおり、ジェオルジがセレストを見る目は、普通ではない。……あの男にとって、お前がセレストの前にある、最後の障害なんだ」


 取り除けば、あとはどう出るか――顔をしかめたゼニスは、続けた。


「奴の執着は厄介だ。嬉々として、セレストを手に入れようとするはずだ」

「……なぜ、そこまで……」

「ジェオルジは、セレストに執着してる。もっと言えば、セレストの血に対しての執着が強いんだ。それこそ、狂気染みている程にな」


 それは、身内に対して過剰な愛情をもっているとい意味ではないと、ゼニスは言う。


「身内可愛さを拗らせているだけなら、まだマシだった。……セレストの母親……王妃は、ジェオルジの妹だが、いわゆる腹違いの兄妹だ。ジェオルジの生母は早くに亡くなっている。後に後妻となった女が、奴の執着の起源だ」


 つまり、セレストにとっては祖母にあたる人だ。

 その人が、ジェオルジの執着の始まりだったと言われてヴァイナスは首を傾げた。

 ゼニスは何と言ったものかと考える様な顔をしていたが――取り繕う事を諦めたように、率直に言い放った。


「……簡単に言うとだな、ジェオルジは義理の母に横恋慕していたんだ」

「それは……また……。……でも、どうにもならない話でしょう?」

「まぁ、そうだな。奴の道ならぬ恋は、当然叶わないで終わった。旦那が亡くなって、後を追うように、彼女も亡くなったからな」

「……亡くなった……」

「……そうだ。だから、叶わない恋で、終わるはずだった」


 含みのある言い方だ。

 つまり、ジェオルジの道ならぬ恋は、相手が手の届かない所へ行っても、終わらなかったのだ。

 それは、死んでからも一途に相手を思い続けただとか、そんな可愛気のあるものではあるまい。

 ヴァイナスも、ある程度は覚悟していたが、ゼニスが続けた言葉には息をのんだ。


「ジェオルジは、執着の対象を自分の義母から異母妹へと変えた」


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