無生産人工頭脳

里場むすび

機械の脳は迷い家の夢を見るか?

 VQ社日本支社所属の研究員、早川よりが作家、神田こうの自宅を訪れたのは晩冬のある日。寒い日の昼のことだった。依を寝起きの煌が出迎え、依は煌の家に入った。

 依は人工知能の研究者である。そんな彼女がここに来たのは、煌の所有するVQ社製男性形汎用ロボットE9qの調査のためだった。

「すみません。私、朝は苦手で……」

「もうお昼ですけど……」

 依は煌に一抹の不安を抱きつつ、調査に入った。煌から一枚の書類を受け取り、目を通す。

「……なるほど。これをここのE9qが書いた、と」

「はい。私、朝起きて見た時はびっくりして、E9qに繰り返し尋ねたのですけど……『今日の行動記録を記しただけ』と言うばかりで」

 依は訊く。

「あの、なぜ弊社のロボットに『その日の行動記録』などを報告させているのですか?」

「次回作の参考に、と思ってです。E9qの日々の行動記録を報告書として提出させて、それを素材に何か書けないかと……お恥ずかしいことですが、どうもスランプに入ってしまったようで」

「……そうですか。では、報告書には一通り目を通したので、次はに会わせて下さい。確かまだ、活動停止はしていないのですよね?」

 依が言うと、煌は依を家の奥に案内した。ロクに日の当たらない暗い物置部屋。その中央にE9qはあった。

「……椅子に縛りつけてあるのは、これは、先生が?」

「はい。もし暴走でもしたら大変だと思い」

 依は、そのことに少し不快感を抱いた。

「縛る必要はありませんよ」

 縄を解きつつ、依は言う。

「ご存知だとは思いますが、弊社のロボットの行動は国際原則により制限されています。もし、この原則に違反するような行動をとった場合は自己破壊機構により即座に活動を停止するようになっていますので、暴走の危険性はありません」

「そ、それは知ってますが……万一、ということも」

 依は更に畳みかける。

「組み込まれた原則を人間が故意に改竄しない限り、万一はありませんので大丈夫です。そのように、設計されていますので」

 怯えたように、煌が言う。

「で、でも。それなら、あの報告書が作り話ではないかもしれないと? あなたは、まさか本当に、このE9qが迷い込んだのだと思っているんですか? あの『迷い家』に」

 一息おいて、依はE9qを見て言った。

「それを、調べに来たんです」


 E9qの書いた報告書の問題の記述を要約するとはこのようになる。

――街中を歩いていたら見たこともない、無人の屋敷の前にいつの間にか居た。私は『迷い家』に迷い込んだのだろう。

 迷い家、とは関東・東北地方の民話に登場する家屋のことだ。立派な庭を持ち、内には豪勢な食器陶器類があるものの、無人の屋敷というもので、迷い込んだ者に富や繁栄をもたらすとされている。

 その迷い家に、報告書によればE9qは街の中を歩いていて偶然迷い込んだと言う。人間であれば、ただの嘘として流せるが、問題はその報告書を書いたのがロボットだということだ。

 紅茶を一杯飲んで、依が言う。

「国際ロボット原則第六条――ロボットは芸術に類する行為、及び創作を行ってはならない。

 この『創作禁止』は創作を生業とする方、つまり先生のような作家や画家、音楽家等、またそういった人々によって成り立つ産業の健全な市場維持のために設けられた条項です。

 団体の求めに応じて急遽きゅうきょ実装が決まったため、組み込みについて検討が不十分な箇所があったのかもしれません」

 煌は不安そうになって言う。

「というと、E9qがその隙を突いたと?」

「わかりません」

「まさか、本当にアレが迷い家に行ったとは言いませんよね」

「ええ。ですが……話を聞く限りでは、誰かに認識を上書きされていたり、人工頭脳に不具合が生じている様子もありませんし。その可能性も否定できませんね」

 おどけて、依は言う。

「『科学の光で照らされた領域はまだ、我々の、ほんの一寸先にも満たないごく僅かな領域にすぎない。ゆえ、いかなる不思議にも我々は驚くべきではない。それは傲慢というものだ』です」

「それは……?」

 首を傾げる煌に、依は「おや?」という顔になる。

「先生のデビュー作からの引用なんですけど……あ、すみません。突然ヘンなこと言い出して。気持ち悪いですよね……」

「あっ、や、そんな……嬉しい、嬉しいです! ということは」

「はい。先生の作品は発表された端から全部、デビュー作から最新作まで読んでます」

「そ、それはどうも……」

 それから、とりとめのない話を一時間ほどして、依はの家を出た。


「では、また伺います」

 依の見たところでは、E9qに大きな異常はない。そのため、処分するか否かの判断は一旦保留ということになった。

 自宅に帰ると、依は早速E9qの報告書を読み始めた。迷い家について記されたものを含め、ここ二ヶ月分のものを借りたのだ。

 分量は相当なものだったが、依はメモ片手に読み進めていき――四時間後。

 報告書を全て読み終えた依は項垂うなだれていた。驚くほど、手掛かりがなかったのだ。しかも、ロボットの文章だ。面白みもない。

「……しかも、なぜか一枚欠けてるし……」

 依は溜息をついた。

 一定の書式で並んだ明朝体の文字列。そして、右下の非人造印。それと同じ形式の紙が何枚も。

 非人造印とはロボットが自ら作成された書類に付する印のことである(国際ロボット原則第六条附則一「ロボットは自らが作成した文書等に偽造が困難な、作成者を示す印『非人造印』を埋め込まなくてはならない」)。全て本物ということは確認済だ。

「先生に会えるって安易に引き受けちゃったの、まずかったなー」

 それでなにが変わるということもなく――依は気分転換に神田煌の作品を読み始めた。そこに手掛かりがあるとは、露も知らずに。


 そして翌朝。日が昇ってまだ二時間ほどしか経たない早朝、依は神田煌の家を訪れた。

 息を切らして、髪はぼさぼさ。そんな依を見てはにやりと笑みを浮かべ、言った。

、早川依さん。


 居間に通されて、依は一杯の紅茶を飲むと話を切り出した。

「ヒントは全て、先生の著作の中にありました。

 デビュー作『緋色の文明に闇は浮かぶ』と第六作『人工生命の微睡み』。

 先生はここから今回の事件の着想を得た。違いますか?」

 神田煌はうなずいた。

「では、君の推理を聞かせてほしい」

 依は冷静に話す。

「最初に妙だと思ったのは彼女が昼ごろに寝起きだったことです。『緋色の』の後書きに自分はショートスリーパーだと書いていたのに、昼ごろにあんな眠そうにしていた。そこが、奇妙でした」

「徹夜明けだった、ということは?」

「彼女は『朝が苦手』だと言っていました。普通、徹夜明けならばそうは言いません。それに、E9qの報告書から読み取れる限り、彼女は日頃から夜の零時に寝て翌日の昼頃に起きているようです。昨日、私が訪ねた時、寝起きだったのは間違いないでしょう」

「なるほど。時に、君は私が目の前にいるのに『彼女』と呼ぶんだね。その理由は?」

「先生が彼女とは厳密には別人だからです。神田煌先生」

「私に双子はいないが」

「二重人格、いえ、人工精霊でしょうか。おそらく彼女は、先生の作り出したもう一人の神田煌。肉体を共有するゴーストライターのようなもの」

「突飛な話だ」

「ですが、そんな先生の突飛な作品『人工生命の微睡み』と今回の事件の骨子はほぼ同じです」

「人生に疲れた男が自ら生み出させた人工精霊に己の代わりを演じさせるが、そのうちもう一度生きてみたくなった彼は人工精霊を用済みとして処分しようとする……か。なるほど。虚構と現実を混ぜるのは感心しないが、まあいい。では肝心の、E9qがどうやって『創作禁止』を回避したか、聞かせてもらおう」

「口述筆記です」

「ほう」

「事件――というには大袈裟ですが、問題の報告書が作成された日の流れはこうでしょう。

 まず、彼女よりも先に先生が目を覚まして彼、E9qにその日の報告書に記すことがらを読んで聞かせる。そして、再び眠り、今度は彼女が起きるのを待つ。

 そして夜、彼女に報告書を提出するよう命じられた彼は先生が朝話した通りのことを記述する。おそらく、報告書の内容と矛盾する行動はとらないようにと、先生が命じておいたのでしょう」

「……それで翌朝、報告書を読んで仰天すると。では非人造印の説明は? あれはE9qが自分で文章を作成したときにしか付けられない。ただの書き起こしでは付かないはずだ」

「……過去の報告書に印字された文字を消して、その上に新たなものを印刷し直したんですよね? 一枚だけ、足りなかったんです、報告書」

「随分と手が込んだ方法だね。……だが、まあその通りだ。概ね合っている。ちなみに、君達の質問に対してウソで答えた件はどう説明する?」

「そういう筋書きの即興劇をさせた、というところでしょうか。調べてみたらありましたよ、ロボットを役者として使ってるドラマ。現行の国際原則では不足する役者を補うためにロボットを起用することが認められていますから、これは『創作禁止』条項には抵触しない」

 ぱちぱちぱち、と拍手が鳴った。

「お見事」


 本来の人格、神田煌は一通り事件の動機や手段を話すと、依が去るのを見届けて、眠りについた。

「動機? そんなの、小説のネタ探しに決まっている。彼女ももう生後二年だ。僕の影響もだいぶ薄くなった頃合いだろうし、ここらで一つ、彼女がどんな人間か試してみたくなったのさ。ま、そしたら思いがけない当たりを引いてびっくりしてるんだがね。……ん? 原則の欠点を指摘? 生憎、そのような意図は一切ない。だから、どう報告するかは君に任せるよ」

「任せる、か」

 勝手なことを言ってくれたものだ、と思いながら、依は報告しに会社へと向かった。


 ……それから数ヶ月後、VQ社製汎用ロボットを演劇に用いる際には、VQ社の審査が必須になった。また、非人造印の仕組みについて、見直されることになった。

(完)

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