二人のルールは、もう守れない

仁志隆生

二人のルールは、もう守れない

「ごめんなさい。二人のルール、もう守れない」

「え?」



 それは、結婚から一年が過ぎたある日の事。


 仕事が終わって家に帰ると、彼女は開口一番にそう言った。


 いったい何があった? 

 と俺が何度聞いても、彼女は俯きがちになって謝るばかり。


 二人のルール。

 それはたった一つだけだ。


「一生、互いのみ愛する事」


 だが、もう守れないと言うのか?



 なあ、俺の何が悪かったんだ?


 俺は当然浮気なんかしてないし、キャバクラみたいな店には付き合いでも行かない。


 ギャンブルだって嫌いだからしない。


 酒は程々、タバコは吸わない。


 そりゃ、たまには口喧嘩もするけど、すぐに仲直りしていたつもりだし、彼女を本当に大事にしていたつもりだ。


 けど……



「ごめん。俺が何をしたのかさっぱり」


「わからない?」


「あ、ああ」

 彼女が鋭い目で睨んできたので、俺は思わず後退った。  


「はあ、ほとんど毎日してたじゃない」

 彼女がため息をつきながら言う。


「え、何をだよ?」


「考えてみればわかるわよ」


 彼女にそう言われた後、目を閉じてしばらく考えたが、全く思い浮かばなかった。


「やっぱり駄目だ。なあ、教え」


「私はもう、あなただけを愛する事が出来なくなったの」 

 俺が言い終わる前に、彼女が小声でそう言った。


「……だから何でだよ」

 俺が尋ねるが、彼女は俯いたままだった。

 そして長いようで短い沈黙が続いた後、彼女が口を開いてこう言った。


「思えば、こんなルールを決めたのが間違いだったわね」


「え?」


「あの時の私は、あなたの事だけしか考えてなかったわ」


「俺だってそうだよ。いや、今でも」


「だから駄目なのよ。一生お互いのみを愛するだなんて、出来るわけがなかったのよ」


「何でだよ、何で」

 俺はもう訳がわからなくなり、泣きたくなった。


 すると彼女は

「だってお互いのみだと、この子はどうなるのよ?」

 そう言って自分の腹をそうっと擦った。


「え、え? まさか、もしかして、それ」


「そうよ。今朝病院へ行ったらね、三ヶ月だって」


「……えええ!?」

 俺は思わず大声を出してしまった。


「ええ。というか気づいてよ~」

 彼女はさっきまでとは打って変わり、笑い顔になっていた。


 って、そうだった。彼女はたまにドッキリを仕掛ける事があった。

 と言ってもすぐバレるような事ばかりだったが


「あ、あのなあ。今回は俺、本当に終わりなのかと思ったぞ」

 俺は緊張の糸が切れて脱力してしまった。 


「そんな事ある訳ないでしょ。それで、どうするの?」

 彼女が笑いながら尋ねてくる。


「え、どうするって?」


「決まってるじゃない。二人のルールよ」


「あ、そうだな。うーん」

 俺は少し考え、そして


「これからは『家族をずっと愛する』にしようか?」


「そうよね。それならこの先何人生まれても、ルールを変えなくていいものね」


「ああ。それに子供達が大きくなって、良い相手を見つけて、そして孫が生まれても変えなくていい」


「ええ。ずっとずっと愛していこうね」


「お互いを、家族皆をな」


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二人のルールは、もう守れない 仁志隆生 @ryuseienbu

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