遊戯部活動日誌。

紅井寿甘

有中部長語りて曰く。

「神薙君。『テーブルトークロールプレイングゲームにおけるゴールデンルール』というものを知ってる?」

「……待ってください。言葉が長いです、もう一回」


 傾きかけた日が照らす教室の中で、我らが遊戯部の部長こと有中先輩はわざとらしく(実際わざとだ)眼鏡を正しながら反復する。


「『テーブルトークロールプレイングゲームにおけるゴールデンルール』」

「テーブルトーク……って、この前やった奴ですよね。サイコロで能力や、調査とか攻撃の成功や失敗が決まるやつ」


 テーブルトークロールプレイングゲーム。略記で、TRPG。僕らくらいの年代では、RPGというのは知っていて当たり前だ。

 でも、その意味が『レベルを上げて強くなって、大体はターン制のバトルでボスキャラを倒すゲーム』じゃないというのはこの部に入ってTRPGを遊んでから初めて知った。

 英和辞典を引いて曰く、『Role=役割』『Play=ごっこをする、演じる』。

 つまりRPGは『プレイヤーが主人公を演じる』ゲーム、という部分が重要なのだった。

 これでTRPGのRPGの部分は説明が済んだ。残るのはTだけだ。

 テーブルトーク。机で話す。

 さっき、サイコロで色々が決まると言った。TRPGをするときに使うのは、大体、ルールが書いてある本、紙、筆記用具、それとサイコロだ。

 コンピュータができるずっと前からある形式で、だからコンピュータのかわりに人間が全部それをやる。

 ルールを元にして、大体はとりまとめ役の人(部長はこの前はサッカーゲームでもないのにキーパーとか言っていたような気がするし、別の時は喫茶店でもないのにマスターとも言っていたと思う)が判断をする。


「それって人生ゲームの銀行役だけをする人みたいですけど、楽しいんですか?」


 と前に部長に聞いてみたところ、


「お化け屋敷で、おどかす側の人をやるの。楽しいと思わない?」


 と言っていた。分かったような気がするし、分からないような気もする。

 ともかく、部長に誘われるまま、ペンとサイコロを握りしめ、謎の密室から脱出したり、村を襲ってきたゴブリンに返り討ちにあったり、教室の中で色々なところに冒険にでかけたりしたわけだ。

 普通にコンピュータでゲームすればいいじゃん、と最初は思っていたけど、これが意外に面白かった。

 その場その場で自分が取れることを考える。毎回新しい話を作ってきてもらえる。話の続きを自分で作る。

 これはこれで、とても楽しい遊びで。だからコンピュータができた後でも、なくならずに続いてるのだろう。


 そして、話は今に戻ってくる。


「ゴールデン、ってなんですか? あの本が光るんですか?」

「そういう機能はないけど。でも、凄いっていうのはそう」

「……すごいルール、って意味が分からないんですけど」

「すっごく大雑把に言ってしまえば、ゲームマスター……進行役をしている人が、ルールブックを無視して自分が好きなようにルールを決め直していい、ってこと」

「……それ、ゲームとして成り立たなくないですか?」


 それは所謂、チートみたいなものなのでは。


「そう。だから、普段は使わないもの」

「……いつ使うんです?」

「たとえば、ルールブックの中に書いてあることに矛盾があった時。それにまだ、版元が気づいてない時とか」


 つまり、バグった時にフリーズしないためか。


「あとは円滑に進めるため、とかだね。細かいところで拘ってケンカしたりとか、そういうことをするために集まるわけじゃないから。でもまぁ、いざとなったらそうやって、全部ルールを書き換えることもできてしまうわけだ」

「……部長は、使ったことあるんですか?」

「どうだと思う?」


 部長はニヤリと笑って見せる。

 なんだか、今まで自分が紙の上でしてきた冒険も、ぐにゃりと歪んで見えて。

 でも。


「……どっちでもいいですかね」

「……その……いままでやっててもしかしてつまんなかった? 興味そんなになかった?」


 急に部長が困ったような申し訳なさそうなような、絶望的な顔になる。


「いえ。楽しかったらですよ。部長が『楽しくなるように』って運用してるなら別にいいんじゃないですか」

「……真顔で言われたからすごくビビったよ」

「真面目なことは真面目な顔で言うべきでしょう。いつも楽しく遊ばせてもらって、ありがとうございます、部長」

「……それも真顔で言うの、なんというか可愛げがあるんだかないんだかわかんないなぁ」

「次、いつやります?」

「その言葉はなにより嬉しいからまぁ許そうか」


 そうして部長は、『お化け屋敷のおどろかす側の人』の顔で、またニヤリと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遊戯部活動日誌。 紅井寿甘 @akai_suama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ