君を殺すルール

夏祈

君を殺すルール

「僕には絶対触れるなよ、絶対に」

 目の前の長身痩躯、黒髪をさらりと揺らしながら首を傾げるそいつ──相野に、ダメ押しのごとく強く言った。


「茅木──」

 相野は僕の名前を呼び、こてん、と更に首を傾ける。

「フリ?」

「フリじゃねぇ!!」

 僕は自分より十五センチは高い位置にある相野の目を射抜きながら、口から零れるため息を抑えようともしなかった。僕がこれだけ念を押して言うのも、ちゃんと理由があってのことなのだ。

 この世で生きる全ての人は、皆自分だけのルールを持っている。それは少しだけ、世の常識とは外れたもの。傘を持って家を出た日には絶対に雨が降らないだとか、走ると絶対に足を取られて転ぶだとか。

 僕のルールは、嫌悪を持ちながら僕に触れた相手が消えること。そんな、誰も幸せにならない僕のルール。消えた相手は誰の記憶にも残らない。僕一人を除いて。相手は消えるし、僕はその人が自分を嫌っていたことを知る。勝手に人の人生に規約を作っておいて、なんて勝手なこの世なのだろうか。事実消えた人も沢山いた。だから、誰にも触れて欲しくなかった。

「お前のルール? どんなやつなの?」

 相野はいつも眠たそうな目をこちらに向けながら、そう問うてくる。でも僕は言えない。言ったら怖がられる。過去の経験則で、それはもうわかりきっていたことだった。だから、僕は何も言わない。

「──あんまり良くないルールだからさ。知らない方がいいと思う。怖がらせちゃうし」

 そう言って僕は笑う。高校に入ってやっと出来た友人なのだ。独りでいた僕に、声をかけてくれた優しい友人。そう簡単に失いたくはない。相野はあまり納得のいかない表情で頷くも、わかった、と了承を述べた。

「まぁ、絶対に触れないでくれたら良いからさ。僕も努力はするし」

 大変そうだなぁお前、とゆっくりとした口調で言われながら、移動教室の準備を進める。じゃあ行こうか、と振り向いた時、相野の姿は無かった。





「僕には絶対触れるなよ、絶対に」

 ──正直、この年になっても厨二病を脱せてないのか、とは考えた。

 目の前に立つ俺より十五センチは低いその顔を見ながら、そう思う。色素の薄い茶色の髪は長めに切られ、伏せがちの目はあまり俺の視線と合わない。こいつがこう、ここまで念を押すのはきっとルールのせいなのだろうという予想はあった。この世の人全てに与えられた理不尽で、意味もわからないルール。大抵は自分にだけ降りかかる、どうでもいいような事象ばかりだけど、たまにいるのだ。他人にまで影響を及ぼすルールを持つ奴が。茅木も、その類なのかもしれない。問おうとも、教えてくれなかった。単純な好奇心ばかりが募るも、危険なものだったらどうしようかと不安は残る。

「──あんまり良くないルールだからさ。知らない方がいいと思う。怖がらせちゃうし」

 そう言いながら笑う、茅木の表情にぞわりとする。こいつのこういうところが、ずっと気に入らなかった。高校に入学して、とりあえず話しかけた隣の席だったこいつ。嫌いなわけではない。でも、はっきりしない態度と、自分の意見も言わず笑って切り抜けようとするところ、全部自分だけで背負おうとするところ。それが気に入らなくて、たまに少しだけ、苛立つ。友人なのであれば、それくらい話してくれたって良いのに。

 ──ちなみに俺のルールは、触れた人の心を読むこと。だから、今ここで茅木に触れれば、彼の抱えるルールも分かるはずなのだ。

 机の中から教科書を出し、移動教室の準備を進める茅木の背中に手を伸ばす。これは、不安に好奇心が勝った結果だった。教えてくれないのなら、自分から探るまでと行動した結果だった。バレないくらいに、そっと、そっと触れる。そして知った彼のルールに、自嘲するように笑った。これは俺の愚かな感情と行為の結果であると、伝える時間くらい欲しかったけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君を殺すルール 夏祈 @ntk10mh86

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ