檻の中の王子様

赤魂緋鯉

檻の中の王子様

「おはようございます。王子!」

「今日も素敵です王子!」

「きゃー! 王子から目線を頂いたわ!」

「ああ……。今日も見麗しい……」


 教室の移動のために廊下を歩くだけで、ボクはこういう風に黄色い声を浴びる。

 

 ボクはそれに答えるため、来日した著名な俳優かミュージシャンの様に振る舞うと、追加で黄色い声が返ってきた。

 王子。周りの人々曰く、それがボクの称号らしい。


 生まれつき背が高いのと、顔つきのせいもあるのか、ボクは物心ついた頃から、よく男の子だと間違われていた。


 小学生の頃には、その扱いを、他の子とは違う事だからほこらしい事だ、と、ボクは思っていた。

 だけど、中学に進学して精神が成熟してくると、それはボクの表面だけを評したもので、ボクの内面については全く見られていない、という事に気がついた。


 思春期ゆえの反抗心からか、ボクは外見以外の事を見て貰いたい、といろいろな事をやった。


 その結果、ボクは誇張を一切しなくても、自他共に認めるぶんりようどうな子になった。


 けれど、


「凄い! 王子また成績トップスリーね」

「さすが王子! 剣道でも全国ベスト4だって!」

「文武両道が全身からにじみ出る様ね。王子は」


 どうあがいても、ボクは外見的とくちようというフィルターを通されてしまい、ちゃんと内面だけを見てくれる人は、親も含めて誰も居なかった。


 ボクの現状を覆すためにした努力は、結局、それをさらに補強してしまっただけだった。


 高校に上がった頃、それに気がついたボクは、さいの河原じみた虚しさを感じ、もう投げ出してしまおうか、と思った。


「次のテストも頑張れよ。りんどう

「夏の大会、王子がいればベスト8は堅いね」

「このまま3年間行けば、スポーツだろうと学業だろうと、大学の推薦が取れるぞ」


 でもそれは、ボク自身が知らず知らずの内に作り上げた、堅牢なおりが許してはくれなかった。


 どうしたら、良かったんだろうか……。


 今日は部活が休みなので、ボクは校舎北側の非常階段にやってきた。

 そこはいつも人気が無いので、人の居るところに行くだけで、辺りが騒然としてしまうボクには、校内で気が休まる唯一の場所だ。


 遠くからギターを弾く音が聞こえる以外は、鳥の声や風といった静かな音しかしない。


 はあ……、息苦しい……。


 屋上と4階の踊り場に座ったボクは、そんな事を思いながら1つ息を吐いた。


 なんだか疲れた、な……。


 ボクはもう一度ため息を吐くと、膝を抱えて顔を伏せた。


 ふらりと、ここじゃ無いどこかへ行きたい、と思っても、ボクには檻から出るすべはない。


 そんなへいそくかんに苛まれ、じんわりと目頭が熱を持ち始めたとき、


「アンタ、こんな所で何してんの?」


 突然、上の方から、やや低めで甘ったるい女の子の声がした。


 その方を見上げると、内側の手すりのすきから、気の強そうな雰囲気がある、2つの目が見えた。


「君、誰……?」

「1年のざき。あ、下はあざみね」


 須崎あざみ、と名乗ったその子は、カンカンカン、と小気味良い音を立てて降りてくる。

 染めているであろう、彼女の肩に着く派手な茶髪は、痛んでいる様で少しボサボサしている。


「で、アンタ何してんの?」

「……あ、ああ。……少し、風が通る所に来たくなって、ね……」


 リボンを取ってあるセーラー服と、標準よりも随分短いスカートに気圧されつつ、ボクはそう答えた。


「ふーん。でもここだと、ちょっと寒くない?」


 すると、彼女はボクの横にどかっと座って、ボクの方へ顔を向けながらそう訊いてくる。


「ここじゃないと、誰かに見付かっちゃうんだ」

「アンタ、タバコでも吸うの?」

「……いや、そういう人に言えない系みたいなのじゃあ、断じてなくて……」


 変なうわさが立ってもらったら、ボクはともかく皆が困るので、本当にただいただけな事を須崎さんへ説明する。


「冗談だよ。今更そんな高校生そういないって」


 それが面白かったのか、だねえアンタ、とカラカラ笑って、ボクの背中をべしべし叩く。


「ああ、そういや、アンタの名前聞いてなかったね」


 一通り笑った後、須崎さんは鞄から出した、棒付きキャンディーを口に入れつつ、流れるようにそうボクへ訊いてきた。


 王子王子、と大騒さわぎされたくは無かったけど、名乗らないのも失礼だから、少し詰まり気味にボクは自分の名前を言う。


「凛堂まことね。おお、アンタにピッタリじゃん」


 ……ああ、このパターンだと、2言目は「男の子みたいで」だろうな。


 対等な友達、みたいな笑みを見せるこの子でも、ボクを見て考える事は一緒か、と、次の言葉に身構えていると、


「なんかこう、色々と断れないバカ真面目一本、みたいでさ」


 そんな感じでしょ、アンタ、と彼女は、ボクの外見への言及をすっ飛ばしただけじゃなく、内面的な事について触れてくれた。


「ああいや、違ってたら謝るよ? ごめんね」


 そう言われた事と、言い当てられた事に驚いて、少しボケッとしていたら、須崎さんはちょっと申し訳なさげな笑みになって、勝手なことを言ったのを謝る。


「……いいや、間違ってないよ」

「道理でやけに疲れた顔してると思った」


 どっかパーッと行って気晴らしとかしたがいいよ、と、言う須崎さんは、なんか趣味とかないの? と無邪気に訊いてくる。


「ない、かな……。強いて言うなら、部活か勉強かぐらいで……」

「……アンタ、相当メンタル来てんじゃない?」


 つまんない人間でごめん、と、ちようしようとしたら、真面目な顔になった須崎さんから猛烈に心配された。


「ちょっとぐらい、ハメ外したくならない?」

「そう出来れば良いんだけど、ボクには分からなくて……」

「うーん、そっか……」


 そう言って須崎さんが黙り込んだので、面倒なヤツだと思われたかなあ、と、内心、少し怯えていると、


「じゃ、音楽とか好き?」


 身体ごとボクの方を向いた須崎さんは、そんな様子は一切無くそう訊いてくる。


「音楽? CMとかで聴いてちょっといいな、と思うことはあるけど……」

「よっしゃ、それなら十分だ」


 ボクの答えを聞いた彼女は、今晩ひま? と、にこやかなまま訊ねてきた。


「あっ、ああ……」

「ほんじゃ行こう!」

「えっ、どこへ?」

「ライブハウスだよ。ウチの親がやってんの」

「ライブ、ハウス?」


 そんな言葉を聞いたことが無かったので、何かと聞いたら、小規模なコンサート会場だ、と説明された。


「自分を自由にするには、熱々の音楽が1番だよ。今日るバンド、そういうのにピッタリなんだ」

「自由、か……」


 自分を自由に、という言葉にかれて、ボクは一応親に許可を貰ってから、彼女の案内で駅前通りにあるライブハウスへ向かった。


「ただいまー」

「おう、お帰りあざみ。――と、君が件の真ちゃんか! 時間あるから入りな」

「はい。お邪魔します」


 須崎さんのお母様のご厚意で、開場前に店中へ入れて貰える事になった。


 やや手狭な店の中は、コンクリート打ちっぱなしの壁に、天井までいろんなバンドのポスターとサインが貼られていた。

 出演者、という文字の下に日付が書いてあるシールや、バンドのロゴマークの四角いシールが、ポスターの無いところに貼り付いている。

 ホールへと続く鉄扉の脇の壁には、多分音楽関連のパンフレットが壁掛けのラックに所狭しと刺さっていた。


 そんな雑多な店内に、ボクは早速自由の鱗片へんりんを感じていると、


「にしても、あざみが彼女連れてくるたぁ、成長したもんだねぇ。我が娘も」

「か、彼女……?」


 須崎さんのお母様が、ごうほうらいらく、といった調子で須崎さんへそう言い、ボクは彼女呼ばわりされて困惑した。


「あー、気にしないで。母さん、いい加減なこと言ってるだけだから」

「おうおう、親に向かってその言い方は何だい?」

「実際適当じゃん」

「まあそうなんだけどねぇ!」


 がははは、と豪快に笑う彼女は、自身を適当にあしらった娘に、レジの番を頼んでバックヤードに引っ込んだ。


 店の名前が書いてあるエプロンを着けた須崎さんは、飲み物が入ったガラスケースが奥に置いてある、小さなカウンターの内側に入った。


「なんかごめんね。母さんああいう人だから」


 苦笑いしつつそう言う須崎さんが、カウンターの下からパイプの丸椅を取り出して、それに座るように言うので、ボクはそれに従う。


「いや、気にしてないよ」


 むしろ明るいお母様で元気を貰えたよ、と言うと、


「ちょっと明るすぎるけどね」


 須崎さんはまんざらでもなさそうにそう返した。


 ややあって。


 須崎さんが出演者の若い女性と話し込んで暇になったボクは、壁のスピーカーから流れるシティーポップの曲を聴きながら、ホールを出入りする人達を眺める。


 開場が近づいているからか、皆がせわしなく動いている。だけど、その表情は不思議と喜びに満ちている気がした。


「落ち着かない?」


 そんな人々を目で追っていると、いつの間にか話し終わっていた須崎さんがそう訊いてくる。

 彼女と喋っていた活発そうな女性は、少し地味めな同じ年格好の人と、バックヤードに消えていく所だった。


「いや。なんだか、皆エネルギッシュだなあ、と思ってね」

「そりゃそうだよ。心底楽しいことをやってるんだもん」

「楽しい、ことを……」


 自由を、知ってるんだな……、彼らは……。


「……ボクも、そういう風になれるのかな?」


 自分で自分を閉じ込めたボクに、同じ様な事が出来るんだろうか、という不安を感じて、ボクは須崎さんへそう訊いた。


「そうなりに来たんだから、もう少しでなれるよ」


 ニッ、と笑う彼女から返ってきた答えで、それは一しゆんで吹き飛んだ。



                    *



 開場時間が来て入り口が開くと、高校生ぐらいの子から、もう少しで定年、といった具合の男性まで、いろんなねんれいの人が次々と入ってくる。

 彼らも、スタッフやバンドマン同様、各々がエネルギーに満ちあふれていた。


 開演時間までの間、お客さんはロビーで各々好きに時間を潰していたが、あと数分で開演、という頃になると、彼らは一斉にホールへと吸い込まれていく。


「そろそろ行こっか?」

「ああ」


 エプロンを外した須崎さんと一緒に、ボクはホールの中に足を踏み入れた。


 正面にある舞台上には、青いライトに照らされた楽器や機材が並んでいた。

 そのすぐ手前の柵の所から、フロアの真ん中辺りまで人のかたまりがあって、後方や左右にちらほら人が居る。


 ボク達がその塊の最後尾に並んだところで、BGMが止まってフロア照明が落ち、アップテンポな曲が流れ始めた。それに合わせて、数人が身体を揺らす。


 次々と20代前半のバンドメンバーが出てきて、最後にボーカルが出てきた所でだいかんせいが上がり、


「――ッ!」


 それが収まったところで、ギターの爆音をバックにボーカルが挨拶し、次にドラマーがドラムを叩きだして曲が始まった。


 全てをはき出すように熱唱するボーカルと、複雑で心に突き刺さる様なメロディー、前の方で跳びはねる人々を見ている内に、ボクの中で何かがはじけるのを感じた。


 ボクは気がついたら、突き上げた拳を音楽に合わせてがむしゃらに振っていた。


 ここでなら、ボクは……、檻から出られるんだ……!


 あっという間にそのバンドの出番が終わり、インターバルに入ると、お客さんがすっかり散らばっていく。


 でもボクは、ホール内の熱気に身を任せたいんひたって、その場から動けなくなっていた。


「どうよ」

「なんていうかこう、凄かった……」


 心を揺さぶられる、という感覚を生まれて初めて覚えたボクは、そんな妙にちゆうしようてきな事しか言えなかった。


「生き生きしてるよ。今のアンタ」


 心底楽しめたんじゃない? と、にこやかな表情でボクを見上げて訊いてくる、ボクが檻から出られるきっかけを作ってくれた、隣の須崎さんへ、


「ああ!」


 ボクは晴れ晴れしい思いで、力強く頷いてそう答えた。





 ボクの周りにはその日から、いつも音楽がいるようになった。


「おーい、真ー。なーに聴いてんの?」

「ああ、これだよ。あざみ」

「おっ、この前出たやつじゃん」


 そして、ボクの内面をしっかり見てくれて、ボクに自由を教えてくれた大切な親友も。

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檻の中の王子様 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

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