私は今日から転生して悪の組織のお色気担当怪人になりました

椿谷あずる

第一話 闇に降り立つ希望の光!


「いやあ驚いた。まさか正月のお賽銭に五円玉の代わりにメダルゲームのコインを入れたら、まさかそれが媒体で異世界転生してしまうなんて」


「お前、一体誰に向けてしゃべってるんだ」

「理解力がある方だと思うんですよ、私」


 私の目の前には、角と牙の生えた顔色の悪い斬新なデザインの服の男が座っていた。周りにはスモークがたかれ、地味な色の水晶やドクロが飾られている。暖房器具は特になく、それでも部屋は快適な温度を維持していた。


「えっと、それで貴方が魔王様ということですね」

「いかにも。そしてお前は私が召還した手下である。お前はこれから我が組織の世界征服のため、人類の生命エナジーを一つ残らず回収するのだ」

「……生命エナジー。つまり殺すということですか」

「そうだ。だが逃げようとしても無駄だ。お前のその左腕のタトゥーは我に忠誠を誓う証。万が一それに背くようならばお前の命は無い」

「……」

「わはははは、怯えるな。もし我が野望を達成した暁にはお前を元の世界に返してやる」

「……」

「ふん所詮貴様も元は人間。恐ろしくて言葉も出な……」

「あの失礼ですが、その生命エナジーは回収して何に使うんでしょう?」

「ははは、そうだな。貴様も一応我が組織の一人。ならば言っておくか。この『マグミガナスエゴルタ』を!」


 そう言って魔王が手を広げると天井からゆっくりと大きな鉄の板が降りてきた。そこには巨大な卵が乗っている。

 私は天井と怪しくも不気味に笑みを浮かべる魔王をまじまじと見つめた。


「これぞ我が一族に伝わる究極の兵器『マグミガナスエゴルタ』よ! 生命エナジーを与えることによって孵化させ、この世界は終わりを迎えるのだ」

「なるほど」

「さあ、分かったら今すぐ街へと行くがよい! 冷徹な微笑のアイスリバーよ」

「氷川です」


 魔王の掛け声と共に、絨毯の先にある扉がガチャリと音をたてて開かれた。


「行ってきます」


 そう答えて数分後。


「すみません」


 私は再び魔王の前に立っていた。


「外、寒いんですがこの服じゃないと駄目ですかね」


 胸を強調したようなひらひらのミニスカートドレスがなびいた。腕も丸出しだ。おまけに氷をイメージしたのか謎のトゲトゲがあちこちに付いていて、時々肌に突き刺さり痛い。


「この部屋は空調がきいてるかもしれませんが」


 このままじゃ私の生命エナジーが先にもっていかれる。


「せめて上着だけでも」


 今年厄年(32)を迎える私には正直きつい。

 寒さ的にも、この色気を強調したアイスブルーのキラキラミニスカドレスも。頭に付けた薔薇のコサージュも。


「魔王のその……上に羽織っているものだけでいいので」


 趣味は悪いけどこの際我慢するから。


===


「こういうキマリだからってなんだよ」


 結局私は要求を却下された。

 私はそういう担当だからこの格好は順守しなければならないらしい。悪役怪人のくせに順守もくそもあったものではない。

 

 そしてやって来た荒れ果てた街。

 既にある程度侵略は済んでいるのか人々からは生きる気力を感じない。

 ここから生命エナジーとやらをかき集めるってどれだけブラックなお仕事なんだ。元気な人からならまだしも彼らから奪ったところで、安物のカニくらいスッカスカの中身しか得られないだろう。

 

 しかしこれもお仕事。


「どうしたらいいですかね、先輩」


 実は私にはもう一人怪人が付けられていた。これまで何度か街に出てはエナジーを集めているベテランの先輩怪人だ。


「イイイイイェアアアアオ」


 ただ、会話が出来ないのがちょっと難点。

 先輩は長い触手を器用に扱いながら、その辺の人達からエナジーを回収している。流石先輩、容赦ない。よぼよぼのご老人から、たった今、目の前で成立したカップルに至るまで満遍なくエナジーを吸い取っている。


「私もやらないと」


 私は手にした武器を確認した。氷で出来た鞭である。特殊加工が施されているようで溶けることはない。それなら私の服にも特殊加工で防寒機能を施してほしいところだ。


「イイイイイェアアアアオ」

「よいしょ」


 私は雄たけびをあげる先輩に負けじと鞭を持ち上げた。


「待ちなさいっ!」

「そこまでよ!」

「イイイエアアアアアアアッ」


 先輩の声が若干うるさくて聞き取りにくかったが、呼び止められるような声が聞こえた。

 

 あれは。


 目の前にまだ十代くらいの少女の姿が二つ立ちはだかった。


「変身っ!!!」


 神々しい光が彼女たちを包みこむ。

 これは間違いない。

 私は確信した。

 怪人にはお馴染み、変身もののヒーローだ。


「よし」


 私は触手を手当たり次第に伸ばす先輩の皮膚をぺしぺしと叩いた。


「先輩、今です。あそこ。エネルギーめちゃくちゃあります」


 彼女たちの体はリボンや光で少しずつ覆われ洋服に変わっていく。変身シーンがもうすぐ終わってしまう。


「イェア?」

「ああもう、仕方ないですね」


 私は鞭を振り上げ叫んだ。


「アイスノン!」


 氷の粒子が辺りに立ち込める。空気がみるみるうちに冷え、あたり一面が氷の世界に覆われた。

 

「さあ先輩、こちらです」


 私は手をひいて氷漬けになった二人の少女の元へと案内していった。


======


「なんでだ」


 その日、アジトに戻った私は魔王にとても怒られた。とてもとてーも怒られた。


【変身中の主人公に攻撃を加えてはならない】


 そんな暗黙のルールがあったなんて。

 でもこっちの方が、よぼよぼの人からエネルギーを奪うより、絶対効率いいと思うんだけどな。

 お陰で私は今日の報酬を貰うが出来なかった。報酬といってもドクロの首飾りとか巨大になれる変な薬とからしいから別にいらないっちゃいらないけど。


 悪役怪人の世界にもルールがある。

 それが著しく非効率なものだとしても、彼らはそれを当然のものとして受け入れる。

 生命エナジーにしてもそうだ。

 そんなの集めて卵に与えるくらいなら、巨大な培養器でも作った方が手っ取り早いだろう。

 現に彼らにその技術はある。

 万全の空調。手をかざすと降りてくる天井。声と共に開く扉。第三者を召還するシステム。それら様々な技術で優秀なエンジニアや資材を召還して開発すれば、あっという間に世界征服出来ると思う。


「これから大変だなぁ」


 私は地味な色をした水晶(実はこれは体力回復装置だった)にさわり今日一日の疲れを癒しながら、明日からのことを考えた。

 彼らの野望を叶えるため、ついでに私が帰るため、彼らの意識を変えていこう。きっといきなりじゃ今日みたいに失敗するから少しずつ。



――まずは魔王の趣味の悪い服装からでも。


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私は今日から転生して悪の組織のお色気担当怪人になりました 椿谷あずる @zorugeru

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