月満輝

「おい、ガキがこんな所で何してんだ」

 顔を上げた子どもの顔は、やけにやつれていた。酷く痩せた身体を抱え込むようにして、男を睨みつけた。男は子どもの頭に銃口を当てる。

「ここはガキが来るところじゃねぇ。とっとと母ちゃんの所に帰れ。じゃなきゃ死ぬぞ」

 子どもは顔色一つ変えない。その顔で固まってしまったかのように男を鋭い目付きで見つめている。男はため息をつき、子どもの前にしゃがんだ。

「聞いてんのかガキ」

「……さんに……」

「あ?」

「お母さんに、ここで、待ってなさいって」

 子どもは本気で言っているようだった。男はぐしゃぐしゃと頭を掻く。

(こんな所にガキを捨ててくなんぞ、行かれた母親もいるもんだ)

 男は立ち上がり、子どもの頭を掴み、引っ張り上げた。銃口を子どもの口に入れ、壁に押し付ける。

「いいか、ここじゃ男は誰だろうと持ってかれる。そう、ヤクザにな。捨て駒に子どもは最適だからなぁ。テメェみたいなやつは簡単に持ってかれるだろうよ……だが、女はダメだ。女を持ってきゃ、持ち主に殺される。主を殺さない限りな。それがここの掟ってもんだ」

「……」

 子どもはモゴモゴと口を動かす。銃を抜いてやると、ぺっと唾を吐いた。

「おきて、ってなに」

「掟もわかんねぇか……はっ、頭だけはちゃんとガキらしいな。ルールだよ、ルール。わかるか?」

「……」

「可愛くねぇガキだ。こい。その命を無駄にしたくなけりゃな」

 歩き始めた男の後を、子どもは追わなかった。男が振り返ると、子どもは手にギラりと光るものを持っていた。その手は震えている。

「……そんな物騒なもん持ってどうする。俺を殺すか」

「……さんに、お母さんに、待ってなさいって……迎えに来るからって……だから、待ってる……連れていくなら、これで……」

 切れ切れの言葉には、全く力がこもっていない。姿と同じく、弱々しく、簡単に壊れそうだ。

「仕方ねぇな」

 男は子供の手から刃物を弾き、子どもを抱えた。

「なっ、や、やめろ!」

「何だよ、元気じゃねぇか。いいかよく聞け」

 暴れる子供を締めつけ、耳元で囁いた。

「母ちゃんは、もう来ねぇぞ?」

 子どもは動きを止めた。さっきまでの威勢は無くなり、今度は震え始めた。男は子どもを下ろした。子どもはその場に座り込んだ。力無く項垂れた姿は、枯れかけの植物のようだ。

「そのまま枯れてくつもりか。つまんねぇやつだな」

 歩き始めた男の後ろで、小さな呻き声がした。

「んだよ」

「まだ、死にたくない」

 男の脳裏に、懐かしい景色が浮かんだ。拾われた少女が、目の前で殺された育ての親の腕を握り締め、泣きながらそう言った。

 男は子どもの頭を撫でた。そして何も言わず歩き始めると、子どもはよろよろと着いてきた。月明かりが照らす腐敗した道を、前後に並び、歩く。この子どもは、自分がヤクザについて行っていることに気づいているのか、男には分からない。そんなことより鼻につく腐臭が気になった。死体がクッションを握り、眠っている。

 子どもは、少し足を早め、男に近づいた。背中に、トンと柔らかいものがぶつかる感触がした。



 視界の中で、赤い羽が舞い踊る。腰に激痛と温もりが広がる。立て続けに、背中に一発、音もなく撃ち込まれた。赤い羽根が口に着くが、吹き飛ばす力もない。

「おじさん、ごめんなさい……」

 その潤んだ声には聞き覚えがあった。視界に、スーツの足が現れた。

「また同じ過ちを繰り返すかぁ……全く、マヌケなやつだ。ここのルールを忘れたか?」


「女は、連れてっちゃだーめ……ね?」


 引き金を引く音が聞こえ、意識は消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月満輝 @mituki_moon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ