第43話 色香に惑う人攫い
「おい! なんだよあれ! 聞いてねえぞ、リーダー!」
「俺だって聞いてねえよ! なんで森の護り神が……!?」
ただ旋回しているだけのドララだが、何がしたいのかわからない得体の知れなさ、そして何より生物としての格の違いが、森にいる者たちの動きを止めた。
―――高みにいる冒険者も。
―――森の勇者たちも。
一番影響を受けているのはもちろん人攫いたちである。自分たちが、世間的に見て人道にもとる行為をしている者はもちろん、罪を犯しているという呵責をもたないものまで。森の護り神と言う知るものしか知らない名を知っていたが故に、そのプレッシャーがこちらへ向いていると錯覚しているのだ。慌てふためく人さらいたちだが、右往左往するだけで、具体的な行動をとれている者は居ない。
そうこうしているうちに、影が大きくなる。ドラゴンが降下してきているのだ。それも、すごい勢いで影の面積が広がってゆく。
流石におたついている場合ではないと思ったのか、ほぼ全員、着地するであろう場所から避難する。
「逃げろぉ! 踏みつぶされんぞ!」
「急げ! 死にたいのか!」
人攫いたちはさもありなん。わずかな抵抗を試みるも、ほぼされるがままだったハーフたちも、いざ死ぬとなれば嫌だったようで、とにかく遠くへとばかりに逃げる。やつれた体つきのわりになかなか素早い。
そしてその時は訪れる。
ドッズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!!!!!
もうもうと土煙が舞い上がり、そこかしこが視界不良に陥る中、ぽっかり空いた集落の上空から差す光によって、巨大なドラゴンのシルエットがうっすらと浮かび上がっている。名前だけしか知らないはずなのに、姿形に違和感はない。伝え聞いた通り、何の誇張もなく、それはそこにあった。
「あ、あぁ……」
「やべぇ……やべぇよ、リーダー……」
「……ッ、クソっ、どうなってやがる……聞いてねえぞ、こんな話……」
耳寄りな情報と称し、リーダーがニーズヘグより聞かされたのは、亜人がほうほうの体で逃げてくるから、余裕で商品を確保できるというもの。確かに、多少はやる者がいたものの、力はあるのかもしれないが、荒事に慣れておらず御しやすい者ばかりだった。
今後の計画を鑑みて、わずかな情報料で亜人がたくさん手に入るとあり、リーダーはホクホクだった。
だが、そんな気分も目の前の化け物を見てしまえば一気に吹き飛ぶというもの。すっかり騙された、どうしてくれるとニーズヘグに責任転嫁したところで、今の状況は変わらない。
ニーズヘグも別にウソを言っていたわけではない。血筋を誇るだけの人間の貴族のような血統主義者など、暴力も込みでの仕事である人攫いたちにかかれば、大した障害ではないのだし、そもそもが別で手を打っていたので、どうなっても構わなかったというのが真相である。
とにかく何か手を打たなくては命が危ない。しかしドラゴン相手の有効な手だてなどそんなすぐに思いつくわけがない。部下に判断を急かされるも、どうしようもないだろと下を向いて、ほぼ投げやりになっていたリーダーの頬を風が撫でた。ふわりと吹いたそれは、ドラゴンを覆っていた土煙が優しく薙ぎ払う。
ドラゴンが着地したはずの場所。そこにいたのは一人の美女と少年。
「ちょっと無茶だろ、ドララ。あそこから急降下は危ないって」
「問題あるまいよ。現にお主は無事であろ?」
「いや、そういう問題じゃあ……」
鉄火場にドラゴンが突っ込むという、言葉にすればわけのわからない状態の中、当の元凶はあーだこーだと言い合っている。実に余裕を感じさせる態度に、リーダーはいらだった。
ここで、大人しくしていて、離脱の機会をうかがっていれば、この後の展開は変わっていたのかもしれない。それをさせなかったのは、ドララの今生ではお目にかかれないほどの色気漂う容姿であった。
元々、人さらいとは人を扱う商売である。人ひとりを育てるためのコストを家族に払わせ、おいしい所で持っていく。その際に暴力が必要であればためらうこともなく実行し、実を採取するのだ。
そんなことを繰り返し続けてきた彼らが、目の前のうまそうな果実を放っておくわけがない。少し前に起こったことなどすっかり頭の中から吹き飛んだ、彼らの内の一人が、己の職務を全うしようとアカツキたちの前に歩みを進めた。
―――その行為が自分たちを泥沼に引き込む一歩だと思いもせずに。
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ちょっと短いですが、キリがいいのでこの辺で。
次回、蹂躙回。
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