第42話 時と場合をわきまえよう

「ドララ、急ごう。勇者たちとゼファーさんはともかく、集落の人たちはさすがにほっとけない」

『お人好しじゃのう。動物の本能である生きるために戦うことをやめた者など、放っておけばよいのに』

「生命を救うことを生業としている俺の目の前で、生命の冒涜など許さん」

『はて? 目の前?』

「……言葉の綾だよ!」

『分かっておるよ』

「~~~~~~」


 軽快な会話をしながら、一路集落を目指すアカツキたち。


 アカツキたちがいるのは空の上。亜人領域の森の上空を、ドラゴンに戻ったドララに乗せてもらって飛んでいるのだ。領域のあちこちで面倒事が起こっている中、とりあえず一番ヤバそうな集落避難組の元へ向かうことにしたのである。取り立てて特化した戦力はなく、戦う力をもたない一般人がおり、乱戦が予想されたからだ。


(この期に及んで、まだ抗えないのか……)


 曰く、ハーフたちには精霊の声が聞こえているはずとのこと。耳を傾け、お互い合意さえすれば、力が手に入るのにそれをしないのはいったいなぜなのか。


 ―――誰も教えてくれないから?

 ―――自分たちはそういう存在モノだと思っているから?


 腹立たしい思いはあるものの、とにかく無事に生きてこその話だと割り切り、アカツキたちは集落へと向かった。






「痛い! 離して!」

「うるせぇ! いいから来い! お前らなんてそれぐらいしか価値がないんだからな!」


 ガラの悪そうな男が、耳が半端に長いハーフエルフの女性の髪を引っ張り上げる。そのまま引きずっていこうとするが、座り込んで必死にこらえようとしている女性。戦う力はないが、連れていかれればどうなるかなどさんざん聞かされているため、必死に抗っている。


「この! この!」

「いって! いってぇなこのアマァ!」

「きゃあ!」


 地べたに座り込んだ女性がとっさに掴んだ石で、人さらいの足を殴りつける女性。ただの商品扱いだった女性が、思わぬ反撃をし、おまけにだいぶ痛かったので、男は拳で女性を殴りつけた。髪が抜け、男と距離が取れたものの、かなりの衝撃を受けた女性の心は恐怖一色に染まる。


「あ、あ……」

「おーいて……優しくしてやってれば付け上がりやがって……このごぁっ!」


 ずべしゃあと地面を滑る男。顔が擦れて地味に痛そうだ。


「誰だ! 俺様の邪魔をする奴は!」

「俺だよ、俺」


 男の邪魔をしたのは二人組。盾を構えて立っていたのは、アカツキのツレ、レビン。男の死角から盾を構えて体当たりしたのだ。全身を打ち付け、叫びながらのた打ち回る男。余韻でレビンは盾を構えたままだが、エドは膝立ちで女性に手を差し伸べていた。


「申し訳ありません。遅くなりました。お怪我は?」

「えと、あの……」

「これはいけない。さ、これを……」

「何やってんの? お前」


 ジト目でエドを見るレビン。悪びれもせずエドは言う。


「女性に手を差し伸べているのだが?」

「こんなところでかよ」

「ドラマティックな出会いだろう?」

「ティックてお前……」


 エドの手癖の悪さをレビンは知っていたが、まさかこんなところでこんなタイミングでと言うのが正直な内心だ。実はエドは思い立ったら一途なのだが、思い立たない関係は相当派手である。寸止めで待たされている女性は、王都にかなりいることをレビンは知っている。ただときどきとばっちりがレビンのほうに飛び火してくるので、その辺は勘弁してほしいと常に切に願っていた。


「んだ、コラァ……あん? なんで人間がこんなとこに……?」

「いいから寝てろ」

「おごっ」


 姿勢が起き上がったばかりで力が入っていない中、再びレビンのシールドバッシュを喰らい、意識を手放す男。顔面を蹴りつけ、完全に動かなくなったことを確認すると、エドのほうへと意識を向けるレビン。その直後、顔が引きつった。


「……マジかよ」

「さ、お嬢さん。ここは危険だ。族長のところへ向かうといい。彼ならきっと守ってくれる」

「は、ハイ……」


 顔を赤らめ、ダズの元へと向かうハーフエルフらしき女性。こちらを時折チラチラ見ながら、後方というか集落内のダズとキリリの元へと向かう。二人は、先ほどから精霊術で、不届き者の腕や足を次々と、風でできた不可視の刃でずばずば斬り裂いている。


 いつものアレをよそで見せられたレビンだが、問い詰める余裕は正直ない。……ないはずだ。エドの余裕が気になったが、いったんスルーした。


「……なんであそこまでできるのに、ハーフたちを保護しないんだ?」

「まぁ、人間の国で言うスラムみたいなもんなんじゃないか? 行き場を失くした人が集まるみたいな。一筋縄じゃ行かないのは人間も妖精種も変わらんだろう」

「お前はいつも通りみたいだな」

「美しい女性にアプローチをかけて何が悪い」

「時と場合は考えてほしいもんだよ」


 正直、薄汚い恰好を先ほどの女性はしていた。生活は苦しく、当たり前のことが出来ない。生活している所を目の当たりにしたわけではない。ハーフの環境は又聞きで知っているのみ。それでも美しさを損なっていないとエドは思ったのだ。


 ただ、本当に時と場合はわきまえたほうがいいだろう。


 王国最高の薬師の護衛と言う任務を拝命している二人は、何気に強い。特にコンビで戦う時はなおさらである。実家ではいろいろある二人だが、雇い主からの評価は高いのだ。


 各々好き好きに動いていた人さらいたちは、アホの血統主義者たちはともかく、なぜか混じっていた、人間の二人組にやがて注目するのは必然。そして、悟った。


 ―――バラバラで動いていてはダメだと。


 せっかくの稼ぎ時。とんでもない魔術(人間は精霊術を魔術と呼ぶ)を行使するエルフ二人と、剣と盾を使った地味な戦いをする二人。組し易いのはどちらかと言えば、エルフではないほうになる。


 数は力と言うことで、たった二人で奮戦する王国の兵士相手に、人さらいたちは数で対抗した。


 エドが余裕ブッコいている間に、人さらいたちは一致団結し二人を囲い込んだ。強い割に脇が甘い二人は、あっという間に囲まれた。


「……ほらぁ」

「……仕方あるまい。美しい女性のピンチ。やらいでか」


 レビンも先ほどのように、シールドバッシュで突貫するのが基本戦術であるが、こうも人の壁が出来てしまっては、助走もできないし勢いも殺されてしまう。


 万事休す! といった二人。だが、神は二人を見捨てなかった。フクロにされようとしている集団の上を大きな影がよぎった。


「なんだ……って、おい、エド」

「……俺は夢でも見ているのだろうか」


 影に反応し上を見た二人の様子を見て、人さらいたちも空を見た。全員口がカパッと開く。


 そこには、赤い鱗を日の光に反射させた、大きな大きな異形。


 亜人領域の象徴。


 ―――レッドドラゴン、ドララシェリクディアが大きな翼をはばたかせながら、旋回している姿を目の当たりにすることになった。


 ――――――――――――――――――――――――


 皆さんご存知でしょうか?


 超有名、量産型の白い人造人間が、空を旋回するエンディングの劇場版を。


 ラストはそんな感じのイメージで。


「魂の―――♪」

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