第41話 避難誘導

 所変わり、避難経路付近。


「おいおい、避難経路が塞がれてんぞ」

「どう見ても、情報が漏れていたとしか思えんな……」

「どうしましょう……入り口は叔母様が暴れていますし……ところでゼファー様は……?」

「あの冒険者のことは放っておいても問題ない。とにかくあの人間どもを無力化しなくては、逃げるに逃げられん。血統主義者どもも、口ほどにもないからな」


 ダズは吐き捨てるようにつぶやく。主義者たちは、詰所で呑気にカード片手に酒盛りなんぞをやっており、そこへダズが襲来。サルマを筆頭に全員尻を蹴飛ばされ、避難誘導を強要されることになった。


 集落中をぶつくさ言いながら、里の民を集めた彼らは、西側に唯一開かれた『ファンヴェルフ中央領』へと避難するべく、行動を開始した。


 避難する集団を従えて先頭を歩んでいた主義者たちだったが、いざ脱出となったところで人間の武装集団が道を塞いだのだ。


 避難経路とは言っても実際には隠し通路に近く、周りはぎっちりと木が詰まっていて、通路の他に人が通れる間隔はない。当然道幅は狭く通れないわけではないといった感じの道だった。


 そもそもハッキリした道であれば、隠し通路の意味がないので、道の状態であればそれは正しいと言える。そしてそこに立ち塞がれれば、倒して進むしかない。幸いそういった環境故に、囲まれるということはなかったが、逆に分厚い人の壁が、通路を塞ぐことになってしまった。


 普段から居丈高な主義者たちが、事を荒立てないわけがないし、どう考えても待ち伏せされていた感じから、人間のほうも碌なことを考えていないのだと、一目でわかってしまう。


「おぉおぉ! 金のなる木が向こうから来たぜ来たぜぇ! さすがウロボロスの旦那だぁ!」

「入れ食いじゃんかよ!」


 言葉から察するに、あちらも隠すつもりも無いようで、やはり碌でもないことを企んでいたようだ。それに……


「おい、レビン。アイツ、ウロボロスと言ったな」

「ん……おぉ、言ったな」


 顔を前に向けたまま、体を傾けひそひそ話をするエド。レビンもそちらに顔を近づけ、話にのっていく。襲撃者に怯える者たちがいる中、こんなことをすれば普通目立つのだが、幸いアホの主義者たちが先ほどの発言に腹を立て、食って掛かっている最中なので、誰にも気づかれていなかった。


「ウロボロスと言えば、姫様を襲ったやつの属する闇ギルドだ。こんなところまで手を伸ばしていたのか……」

「闇ギルド?」

「知らないか? いわゆる後ろ暗い仕事を受けて、法外な報酬と共に依頼者の弱みを握ってそいつをしゃぶりつくす、クサレ外道の集まりのことだ」

「……遠慮がないな、お前」

「いるか、そんなもん」


 使う方もバカなのが丸わかりだが、いくつもあるということだから、需要はあるのだろう。つまりは誰かが妖精種を攫ってこいと依頼を出したということだ。


 というような推測をエドがレビンに聞かせていると、聞き耳を立てていたのかダズとキリリも話に乗っかってきた。


「外でもそのようなことがあるのかね?」


 とダズの問い。平然としているのがレビンには気になった。


「えらく平然としてますね」

「ん? まぁ、慣れたというのも業腹だが、随分と昔から物のように扱われてきたからね、我々は。これほど大掛かりに狩りに来たことはなかったが、あったって別に不思議なことはない。狩られていく同胞を見て昔は憤慨したものだが……」

「何を言っているんですか、お父様! 我々の尊厳が踏みにじられているのですよ!」

「だがな……今更どうにもならんぞ。それこそ世界の仕組みでも変わらん限り。我々にできるのは、やられたらやり返すくらいのものだ」

「お父様……」


 悲しい表情ですがるようにつぶやくキリリだが、実際ダズの言うようにどうしようもない部分もある。それにこう言ってはなんだが、人間同士でもあり得る話だ。異種族であるのなら尚更、罪の意識は薄いかもしれない。商品扱いしているのだから、そもそも罪を感じているかどうかも怪しい。


 結局は手を出せばただでは済まない、という意識を相手に感じてもらうのが、最も有効な手立てだろう。数だけは多いハーフたちが一念発起して、中級精霊と契約できればいいのだが、言っては何だが搾取されることに慣れてしまった意識を改革するのはなかなか難しい。もう後がないという状態で、やればできるということを目の前で見さえすれば、変わるかもしれないが。


 そのような私見を述べたダズ。だが、ある種のんびりした談義は終わる時間のようである。かち合っているところから、このような言葉が聞こえてきたからだ。


「我が呼び声に応え、不埒な者共を殲滅せよ! 『火雨ひさめ』!」


 声からするとおそらくサルマであろうが、どうやら実力行使に出たようだ。その声を聞いたダズは、「あぁ……」という顔を、手で覆うことになった。


「やっちまいやがった……大体何で火なんだよ……こんな木が密集したところで使ったらどうなるのかぐらい分かるだろ……仕方がない。お前達、下がれ! 戦える者だけ武器を取れ! 負ければ死んだほうがマシな目に合わされるぞ! そうなりたくなければ必死で抗え!」


 サルマの先制攻撃が功を奏したのか、武装集団は若干混乱しているようだ。そのスキに、戦いに向かない一般人を下げようとするダズ。だが、指示の出し方が悪かったのか、集団の動きが鈍い。


 色々あってストレスを抱え込んでいたダズは、あまりにもうまくいかないことに、ついにキレた。


「グダグダやってないで下がれやぁ! 死にてぇ奴だけ前行け! 止めねえから!」


 態度が激変したダズの言葉には力があったのか、ウゾウゾと下がっていく集団。だがダズは見逃さない。


「オラァ! お前らは主義者だろうが! 何で下がるんだぁ! 前行け、前!」

「いや……オレたちは……」

「火球!」

「「ぐわぁ!」」


 怖気づいて、コソッと一般人に混じって下がってきた主義者に向かって、問答無用で火の玉をぶつけるダズ。どうやら正気を失っているようだ。こんがり焼けた主義者に近づくと、ダズは、思い切り前にぶん投げた。


 フーフーと息を荒げるダズ。今は近づきたくないエドたちは、離れた場所で今後の方針を相談する。


「どうするよ、エド」


 チラリと戦い始めた最前列を見ると、


「……幸い、とんでもない実力者はいないようだし、俺たちも参戦しよう。ここで恩を売っておくのも悪くない」

「できればそういったことは、関係者のいないところでして頂きたいんですが……」

「多勢に無勢な感じするけどな」

「これだけ騒ぎになれば、ゼファーさんも気づくだろう。俺たちがやるのは足止めだよ。まぁ、何とかできるならなんとかしたいが……」

「とにかく怪我をさせればいいんでしょうか?」

「皆殺しだと背後が探れませんから。それに申し訳ないが、あの数をなんとかできるほど俺たちは強くない。先程、族長様も言っておられたが、あの避難民が全員精霊術を使えれば何とかできるかもしれないが……」


 正直難しいというのがエドの印象である。今も言われるがまま動いているにすぎない。


「とにかく時間稼ぎだ。行くぞ、レビン!」

「おうよ!」

「あっ、お、お待ちを!」


 腰に下げた剣と、背負っていた盾を持って、彼らは状況の維持を目的に前へと飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る