第38話 先代、出撃準備完了
「気を付けろ、アルル……」
「ネヌファ?」
いつも悪ふざけなど全くしないが、何時にも増して真面目な雰囲気でアルルに語りかけるネヌファ。当然気を引き締める場面であるが、今一つ真剣味に欠けるアルルにイラ立ち、思わず舌打ちが出てしまう。はっきり言って、術者として、闘いに携わる者としての矜持が欠けていると言わざるを得ない。
「ボサッとするな! お前は今、敵の手の中にいるのだぞ! 腑抜けている場合か!」
珍しく声を荒げるネヌファに、ビクリと反応するアルル。慌ててモドキの方を見るが、取り立てて行動を起こすでもなく、相変わらず不愉快な笑みを浮かべている。どこぞの誰かなら、声を荒げて食って掛かるのだが、顔の造作が色が違うとはいえ完全に自分なので、なんとも言い難い違和感を感じる。
大げさでもないがそれなりに動いているこちらに対し、全くリアクションを起こさない黒アルル。顔だけ笑みを浮かべているだけに、アルルは徐々に薄気味悪く感じだした。得体のしれない何かだけに、迂闊に動けない。
「何よ……」
「……」
かろうじて悪態はつけたが、相手の反応は変わらず薄い。どうすれば事態を打開できるのか、アルルには全く思い浮かばなかった。
所変わり、ナ・プラダは族長ダズと二手に別れ、別行動を取ることにした。ダズは、ハーフリングの族長ヨゼフィーネと、血統主義者たちが詰めている衛兵所へ。ナ・プラダは己が祖父、族長チュコヴのもとへと向かうことになった。
「爺ちゃんのことだから、鍛冶場にどうせこもってんだろ……」
族長の仕事もろくにせず、「至高の逸品」を生み出すべく、鍛冶場にこもる祖父を誇りに思っていたナ・プラダだったが、それはあくまで平常時の話だ。こんな喫緊の事態を迎えているのに、何もしないであろう祖父に、今は腹立たしささえ感じていた。
つまりは、先程の一言に込められた感情は、「しょうがないな、鍛冶バカは」という微笑ましいものではなく、「非常時に何やってやがる」という苛立ちが込められていたのである。一刻を争う事態なのだ。ナ・プラダがそう思うのも無理はない。
中央集落は人の世界で言う王都や帝都といった役割、つまり文字通りの亜人社会の中枢であるため、三種族全てが生活をしている。なので生活様式が混合されたような街並みをしている。
切り開かれた集落内に、あえて林レベルの木を残し、そこに住み着くエルフや、穴を掘り地下にこもるドワーフ。これは防音的な思想も入っている。ハーフリングは一番人の生活に近く、地上に住居を構えている。もちろん中央を離れれば、それぞれの生活に属した集落が、種族別に領域の各地に散らばっているのだ。
そちらは、副長と呼ばれる者が治めるのが、領域内の習わしである。が、実質ダズが全てを取り仕切っているため、ドワーフとハーフリングの族長という位は、ただの名誉職と化しているのが現状だ。つまりは好き勝手をやっていても全く怒られることがない素晴らしい地位であり、そこに辿り着くために、族長選抜の際には、血みどろの闘いが繰り広げられる。それ程の実力者であれば当然『勇者』を名乗れるほどの強さを持っているため、各族長はいわゆる”先代”ということになるのだ。
ただ、今回は彼らにとって運が悪かった、としか言えまい。集落どころか下手をすれば、妖精種そのものが滅亡するかもしれないほどの危機なのである。
そんな素晴らしい環境を甘んじて受けていたドワーフの族長チュコヴの元に、孫のナ・プラダが転がり込んできた。文字通り。開口一番、罵声を浴びせるナ・プラダ。
「ジジィっ!」
「なんじゃい、プー。汗だくで転がり込んできおって」
「オレはプーじゃねぇっ!」
「はいはい」
「〜〜〜」
軽くあしらうチュコヴに声が出ないナ・プラダ。地団駄を踏んでいる間にらちがあかないと思ったのか、ウルカヌスが勝手に出てきた。
『チュー、大変だ』
「……そろそろ勘弁してほしいのぉ……その呼び名」
もう契約を解消して随分になるが、幼少期に呼ばれていたアダ名で呼ばれ、顔がクシャッとなるチュコヴ。いい歳をしたジジィが呼ばれたい名ではない。自分が嫌な事を孫にしているので、自業自得というやつだ。
ナ・プラダが入ってきても鎚をふるい続けるのは、チュコヴの一番弟子である。彼はルシードに奪われた最高傑作(現時点)を超える逸品を生み出すべく、チュコヴの指導を受けながらひたすら打ち続けている。その姿をイスを逆にして座り、背もたれにもたれかかってだらけた姿勢をとったまま、来客へと尋ねるチュコヴ。
「で? なんじゃい血相変えて。オイ、そこ打ち込みが甘いぞ」
「ハイ!」
意外とちゃんと見ているようだ。そんなチュコヴにナ・プラダは状況を説明した。
あまり順序立てて説明するのは苦手なのか妙に辿々しく、しっかり伝わったかかなり怪しい説明だったが、どうやら集落の危機だというのは分かったようで。
「ふむ。老後は楽ができると思ったんじゃがのう……あのルシードとかいう勇者が来てからこっち、次から次に色々あって、おちおち鍛冶もできんわい」
騒ぎの元凶をルシードのせいにしながら、よいこらせと立ち上がるチュコヴ。側に立て掛けてあった自身の得物である大きな鎚を肩に担ぐと、顕現しているウルカヌスへ声を掛けた。
「手ぇ貸せ、ウル」
「どういうことだよ? ジジィ」
『……良かろう』
「ウルカヌス!?」
驚くナ・プラダの手の甲に刻まれた契約の証が、端から消えていき、チュコヴが鎚を担いでいる方の手の甲に移った。それも一瞬で。
「?? どういうこと?」
「プーが不甲斐ないからじゃろうが。先代にケツを拭かせるなど恥を知れ、バカもんが」
「ぬぐっ……」
悪態をつくも、チュコヴは説明をした。
歴代勇者に限り、大精霊の契約は一時的に譲渡が可能であると。ただ、基本的に引退をきめてから次代の勇者を選定するので、まず起こり得ないことであると。今の状況はそのレアケースに当てはまるということである。
「『ナ』の称号はドワーフの勇者に継がれる正当な証。まだお主には早かったかのう……」
そのつぶやきを聞き、今はただの『プラダ』となってしまった少女が歯噛みする。その様子を優しい顔で見る祖父は背中で語る。
「儂の戦いを見ておけ、プー。戦いは強さだけではないのじゃ」
「え?」
チュコヴは振り返り、空いた手を拳にすると、己の胸をドンと叩く。
「ココじゃ」
ニッカリ笑う祖父を、呆けた目で見るしかないプラダだった。
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今回より分かりにくそうな事柄を、サウンドノベルやスパロボのADVパートなどで使われる『TIPS』のような感じで、欄外に説明を載せたいと思います。
※アルルはどうなってるの?
―――奥行きが全くわからない白い部屋で、黒いアルルと対峙しています。精神的なものであり、実際に外側ではラーラと交戦中です。
※大精霊の譲渡って?
―――本来は選定戦を行えない時の臨時措置です。ただし、大精霊側の認可が必要で、今のアルルのように大精霊の意思が縛り付けられているような時は、譲渡ができません。つまり、ダズに譲渡すればいいじゃんという意見は、今回は通らないです。
※『ナ』って?
―――ドワーフ族の勇者のみが名乗る事を許される称号的なもの。『勇敢』という意味が込められています。
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