第37話 アルルの内心

 ゼファーは、集落へと戻る途中だった。木から木へと、軽業師のようにとんでもないスピードで渡っていく。


(……まぁ、今の状況で私の出番などないしな)


 エーヴィヒカイトが創り出した結界内に入って、龍脈や勁の力の使い方をアカツキが修得している間、正直することがない。


『引き伸ばされた時間を維持するために、結界内とこちらは完全に遮断される。いても仕方がないし、帰れば?』


 言い方に若干冷たさを感じないでもないが、相手は樹である。様子を見に来ただけのゼファーに、否やはなかった。






 ゼファーを見るやいなや、襲いかかってくる鳥や獣といった、森の魔物たちを精霊術ですり潰しながら、間もなく集落というところで、様子がおかしいことに気付いた。


 悲鳴や怒号が、遠くにいるゼファーにも聞こえてくるのだ。一人や二人が騒いでいるものではない。おそらく集落全体で何かが起こっている。ゼファーはそう、当たりをつけた。


「何があったのだ……?」


 ランクS冒険者になるまでに、様々な経験を積んできたゼファーは、悪い予感しかしなかった。






「ニンフっ!」

『任せなさいっ』


 姿を見せている水の大精霊が、ラーラのイメージを汲み取り術行使。巨大な水球を生み出したかと思えば、眼の前の敵、正気を失っていると思われるアルルに向かって、遠慮なくぶっ放した。


 亜人の勇者の強み、それは勇者と大精霊が各々独立していることである。勇者が気付かなくても大精霊がフォロー。逆はない。知覚に優れる精霊が契約者に庇われることはない。こう言ってしまえば何だが、おんぶに抱っこという言い方が相応しいかもしれない。


 ニンフの意に沿い、水球は何かの反動を得たわけでもないのに、「ドンッ!!」と音を立て、アルルに迫った。


 それに対しアルルはといえば、


 す―――


 と右腕を掌をラーラの方に静かに向ける。すると「ズザザザザ―――」とアルルの周りで展開していた葉刃が、一斉に水球に向かって突撃していく。その間に葉っぱを補充することも忘れない。


「チッ」


 いつの間にか近付いていたラーラは、アルルへの奇襲を諦め、一旦距離を置いた。


 アルルの葉刃結界のキモは、葉の数である。攻撃や迎撃に使えばその分本体の葉の量が減る。完全に防御に回れば、姿が見えなくなるほどに葉が集まるため、接近することすら難しくなるので、ニンフの術を迎撃している間に、アルルに傷の一つでも付けてやろうかと思っていたラーラだったが、思いの外リカバリーが早く、アテが外れてしまった。


 当然思考はニンフに筒抜けだったため、


『ダメだったわね』


 と主語もなしに会話をすることにも、違和感を感じることは、ラーラにはない。


「展開が早い」

『アレ本当にアルルなの?』

「私が聞きたい」


 葉には魔力に混じって、瘴気がプラスされている。あの葉刃で傷を負えば、傷が治りにくくなる上にダルさや目眩といった、異常が身体を襲う。多少ならば問題はないが、派手にケガでもすれば生命に関わってくる。もちろん、覚悟くらいは決まっているが、ノーダメージで終わらせるには相手の格が高すぎた。


 何度か死角を付いて接近を試みるが、尽く防がれる。アルル自体にほとんど動きはないが、ラーラが術制御をニンフに任せているように、アルルの方もネヌファが自動で迎撃を行っているようだとラーラは見切りをつけると、千日手に陥ってしまった。


「族長……急いで……」


 普段のちょっと疲れたような顔が思い浮かび、眉にシワが寄るラーラ。今の所、打開策が『遠距離からの数の暴力で私刑リンチ』しか思い浮かばない。アルルを助けるというビジョンがまるで浮かんでこない。


 今も俯きがちで、表情は見えにくいがどう見ても虚ろで視点もあっているようには見えない。コチラの攻撃が止まれば、また葉刃が辺りに飛び回るので、ここいらの建物は軒並み粉砕され倒壊している。幸い火を使っている家はなかったのか、火の手が上がっている様子はない。


 荒れ果てた集落の中で、助っ人を待つラーラ。未だ望むそれが、やってくる気配はない。






(やめなさい! やめ、やめてよ!)


 相対するアルルの方も、精神ではせめぎあいが起こっていた。と言ってもアルルの意に反し、身体も、そしていつの間にか帰ってきていたネヌファも、勝手に動くのだ。しかも集落を襲撃するという形で。逃げ惑う人々に対して葉刃を放つ自分。どのような感情で自分が見られているのか、怖くてたまらない。幸い村人を死なせるようなことはなかったが、何人かはケガをしていた。それがたまらなく申し訳無くなる。


 周りから人がいなくなれば、今度は家々を破壊して回る自分。魔力を帯びた森の葉は、強度や質量が増して木や石でできた家など簡単に壊してしまう。いくら止まれと言っても、自分の体なのに全く手応えもない。


 そんな時、ふと気付く。ネヌファはどうしているのかと。


 後ろ……というのも変かもしれないが、後ろを向くアルル。そこには両手両足を伸ばしたまま、巨大な十字架に括り付けられ、何かの管を刺された、緑色の長髪を振り乱した、一人の男性の姿があった。


 苦しさをこらえるように顔を歪めるその男性と、はたと目があった。


「おぉ……アルル、か。そちらは平気か」

「ネヌファ、なの?」

「それ以外、になにかに見えるのか……?」

「え、いや……初めて顔見たから……」


 おそろしく整った顔をした男性は、やはりネヌファだったようだ。契約を破棄したはずなのに、こちらを慮ってくれるネヌファに対して、嬉しさに満ちるアルル。だが状況はどう見ても芳しくなかった。大精霊が脂汗を流して苦痛に耐えている。とても人臭い仕草だが、とにかくこの場を何とかしなくてはならない。


「どうなってるの? ネヌファ」

「簡単な話だ。私の力を使って、お前が暴虐の限りを尽くしている」

「そんな……」


 だが、正直こんなことをやっている場合ではない。今も尚、表のアルルは大精霊の力を使って、暴虐の限り(ネヌファ談)を尽くしているのだ。何とか自分を止めなければならない。


 そんな時にやって来たのが騒ぎを聞きつけ、駆けつけたラーラ達だ。だが幾度か術を交わし合ったあと、ラーラを残しどこかへと行ってしまった。ラーラとも交戦したが、自分で言うのも何だが、いつもの自分より隙がないと己のポテンシャルにちょっと驚くアルル。


 拮抗したかと思いきや、状況は膠着。再びアルルは目的もなく動き始めた。完全に自分の意志を無視した動きに、アルルは徐々に苛立ちを見せ始める。


「ちょっとネヌファ! なんとかならないの!?」

「無理だな。力を抜き取られ瘴気に染まって、別存在がそれらを動かしているようだ」

「別存在って何!?」

「アレだ」


 ネヌファが顎でシャクってみせた先に、アルルそっくりだが、肌は灰色で髪は漆黒。何から何まで黒っぽいものが、イヤな顔でこちらを見ていた。


「何よ……アンタ……」


 無言で返してくるアルルもどき。だが表情は一切変わらず、不愉快な笑みを貼り付けていた。

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