第36話 躊躇い

「! 遮れ! 炎璧!」


 ダズはわずか二節で、火の精霊術を発現させる。ダズたちへと雪崩込む葉が、次々と炎の結界に突撃し、次々と灰に変わってゆく。だが……


「いつまで続くんだ……?」


 森に意識などあるはずもないが、状況は完全にアルルの味方をしている。アルルの方は、意識のぶっ飛んだ大精霊の自動制御による術行使のため、アルル自身に負担は少ないが、ダズの方はそうはいかない。


 精霊の等級は三つ。低級、中級、そして大精霊の三つに分かれている。


 大精霊と契約できた者は、術行使がかなり楽になる。大精霊自体に、契約者の思考を汲み取る力があるので、発動を命じなくても勝手に発動する場合があるのだ。


 ハーフが扱う中級精霊の場合、契約者が発動を命じないと、いくらイメージが完璧でも、決して発動することはない。『言われなかったからやらなかった』と平然とした顔で返されるだけだ。イメージと号令さえあれば、かなり優位に立ち回ることが可能だ。ゼファーやシャロンは、ここにカテゴライズされる。


 この二つは、扱える属性が固定される。エルフがルーツなら『風』、ドワーフなら『火』、ハーフリングなら『水』といった具合に。あまり例はないが、雷、氷といったものを扱うものもいる。こちらに関しては中級精霊のみである。あくまで風・水の派生と考えられている。学術的な体系がまとめられている訳ではないが、過去にはそういった者たちがいたということは伝えられている。


 そしてダズが扱えるのは低級精霊である。だが、名称を比べると如何にも劣っていそうな感じだが、実はそんなことは全く無い。


 精霊側のサポートは一切ないが、代わりに種族による属性の縛りがない。低級精霊を、純粋なエネルギー源として扱う事ができるのだ。


 ダズが火の精霊術を扱ったのもそれ故。いくら切れ味が増そうと、葉っぱは葉っぱ。ダズの選択は間違っていない。しかし、ここが森であることがダズに不利を強いた。


 何処を見ても木があり、それが生きている以上、葉が成る。どれだけ燃えて灰に変えようが、限度は有れどいくらでも補充が可能。とにかく物量にモノを言わせて、アルルはダズの炎の障壁を抜きにかかる。魔力と瘴気をを帯びた葉は強度が普通の葉ではない。『ドゴゴゴゴ!』とおおよそ葉っぱを防いでいるとは思えない音を出し続けている。


 勢いが増したことを障壁を伝い認識したダズは、後ろにいたナ・プラダとラーラにそちらを向かず確認を取る。


「二人共! そろそろ抜かれる! 準備はいいか?」

「だ、だけどよ。あいつは族長の……」

「そんなこと言ってる場合か! このままだと集落が滅びちまう。腹をくくれ!」

「……いいの、族長? たった一人の……」


 尻切れだったが、ラーラの言いたいことはわかった。


(いいわけ無いだろうっ)


 本当なら時間をかけてでも元に戻してやりたい。側にいるたった一人の家族なのだ。あんなになったとしても。


 しかし、現段階で元に戻せるのかどうか? その方法は? といった事が、一切不明である。それが分からないのに、ただ時間稼ぎをしたところで、誰かを助けられる訳でもない。


 ダズの顔を見て、苦渋の決断だと理解したラーラは、ナ・プラダに発破をかける。


「行くわよ、プー」

「だからプーって……」


 呼ぶなと言おうとしたが、言えなかったナ・プラダ。それ程にこちらを見るラーラの顔は、いつもより遥かに真剣だ。


「族長なんだから、一族の安全を考えるのが第一。好きでやってる訳じゃないわ」

「だけど!」


 ナ・プラダはそれでも躊躇する。いくら強大な力を宿していても、この場で彼女は一番年若い。他の二人は見た目以上に歳を重ねているが、ナ・プラダは見た目通りのまま、僅か十六歳である。平常時や勝ちが決まっている時ならいざしらず、このような勝利条件も何もわからない、オマケについ先程まで轡を並べていた者に、武器を向けるなど考えたこともない。


 おたつき、背中の大斧に未だ手をかけられない彼女は、どちらかと言えば助けてもらう側の空気を醸し出していた。


 及び腰になった彼女を見て、ため息を一つつくと、ラーラは腰のダガーを二本抜く。そろそろ族長のガマンも限界に近い。


「族長。プーはもう駄目ね。今は役に立たない。相手を変わったら、連れて逃げてくれる?」

「一人でやるというのかっ!?」

「時間を稼ぐ。チュコヴとヨゼフィーネを連れてきて」


 見る限り驚異はアルル唯一人。他におかしな事になっている者は今のところ見当たらない。


「あとランクSの冒険者連れてきて」


 もう一人戦力になりそうなのが、たまたまやってきていた、ランクS冒険者ゼファー。その三人に助っ人を頼もうと言うのだ。


「だが! っ、集落の、守りは、どうするっ!」

「主義者共に避難を任せる。それぐらいはできるでしょう」


 考えることに全てを割く余裕がないダズは、少しだけ考えたがすぐに煩わしくなって、ラーラの提案に全のりした。


「ならそれで行くぞっ! 準備はいいかっ!」

「ニンフ、いくよ」

『オーライ、マスター。おまかせあれ』


 ラグも何もなしで、瞬時に現れる水の大精霊ニンフ。チラリとナ・プラダの方を見ると、


『その子、ちゃんと調教し直しなさいな、ウルカヌス。チョット精神が軟弱すぎるわ』


 ニンフの呼びかけに応じ、ナ・プラダが呼んでいないにもかかわらず、勝手に顕現するウルカヌス。心なしか、背中が丸くなっているような気がしないでもない。


『意志薄弱、残念無念。強制訓練、委細承知。幸運祈願、依頼承諾』

『ちゃんと喋りなさいな』

『……承知した』


 如何にも話し方にこだわりがあるのかと思ったら、サクッと方針転換したウルカヌス。案外、ナ・プラダと相性がいいのかもしれない。


「じゃあ、いい? 族長」

「そろそろっ、しんどい……はや、く頼む……」

『じゃ、行くわよ』


 ラーラが何も合図をしなくても、ニンフはやりたいことを汲み取った。巨大な水球を上空に作り出したと思ったら、それをアルルに向けて放ったのだ。アルルは即座に反応し、葉刃を水球へと向ける。完全にダズから意識を外した瞬間、ダズは気怠さに支配された体を引きずり、ナ・プラダの手を取ると一目散にこの場を離れる。ナ・プラダは後ろ髪を引かれつつも、この場を離れた。自己嫌悪に苛まれながら。

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