第35話 アレ
「何だ……ありゃあ……」
「アルル、よね?」
「いや……見た目はアルルなんだが……」
ナ・プラダの戸惑いも分からないではない、ダズとラーラ。そもそもアレは本当にアルルなのか? それ程に彼女は変貌していた。
ソレがアルルだと認識できている要素は主に三つ。一つは彼女が得意とする基本にして究極の術、『葉刃結界』が展開されているからだ。
葉刃結界とは、葉に魔力をまとわせ操り、アルルの周囲に展開。常にアルルを守るかのよう、待機状態のときは緩やかに。敵対する何か(時に人を含む)と接触した場合、激しく蠢き敵を斬り刻む。とにかく物量が凄まじく、森の中ではほぼ無敵の術式である。オマケにネヌファと契約していたため、アルル自身が気付かなくても、自動で起動するという、ある意味の甘やかしと言えるものであった。それ故に、アルル自身の強さというものが衰えた、というのは何とも皮肉な話だが、それはさておき。
二つ目はその葉人結界の完璧さの一部を担っていた、ネヌファらしきナニかが、ソレの背後に存在していることである。基本、大精霊はしっかりとした形をとっているわけではないので、”人っぽい何かの影”という言い方で、だいたい説明できる。あとは薄く光る色で区別するくらいだ。
ネヌファは碧。
ウルカヌスは朱。
ニンフは蒼。
それで良かったのだ。だが、今のアレには口や身の回りから、何やら黒い靄が漏れ出している。あれは間違いなく瘴気であり、そもそも自然現象の大元を司る大精霊が、瘴気に侵されているというのがそもそも異常だ。
そして三つ目。単純にアルルの姿をしているという、とてもシンプルな理由。だが、それでアレがアルルだと断言できるかといえば、三人とも自身がないかもしれない。
元々のアルルは、高潔……いや潔癖と言っていいほどに付け入るスキを見せない美女だった。腰まである髪はしっかりと手入れされ、表情も常に引き締まっている。戦いに準じる勇者ともあって、メリハリのあるスタイルで集落の女性から羨ましがられるほどであった。
男女共に、憧れを抱かれる存在であったのだ。それ故、邪な想いを持たれる事もあったが、実力で普通にはねのけられる強さが、彼女にはあった。
だが、今のアレはそうではない。
腕をだらりと前に垂らせ、猫背で顔もうつむきがち。髪は乱れ、長い髪が表情ごと覆っているが、その隙間から見える顔がまぁ酷いものだった。
目の下にはクマ。眼球は視点が定まらないのか、ギョロギョロと動いている。
何より立っているアルルの重心がどこにあるのかというような、不可思議な動きをしていた。まるで誰かに無理やり動かされているみたいに不自然なのだ。
とてもあんなモノに憧れを抱くものなどいない。
そんな状態だからして、ソレをアルルだとは言い切れない三人。仮にアレがアルルだとしても、勇者の選定場がグチャグチャになっているこの状況を見て、正気だと思うものはいない。
広場に誰かが倒れているということがないというのは、不幸中の幸いであったと言えるが、その不名誉な一人目がこの三人の中から出そうだというのは、状況からしてありえない話ではない。
「ええぃ! こんな非常時にアイツらは何をしておるか!」
ダズが苛立ちを見せる。本来、村を守るのは血統主義者たちが率いる、警備隊である。そこいらへんは人の社会とあまり変わりなく、亜人社会でもそういったものは普通にある。
だが、本来は自然と共に生きるのが妖精種といったものなので、特に荒事に対処するような者は、案外少ない。順番に持ち回るものと、それを専門にしている者たちの二つで、集落の守備隊は形成されているのだが、ダズが苛立ちを見せるのは、専門としている者たちの方である。
「アイツら口ばっかだしな」
「普段偉そうにしているのだから、こういうときに役に立ってもらわないといけないわね」
ナ・プラダもラーラも遠慮がない。それもそのはず。彼らは自らを『血統主義者』と名乗り、普段から肩で風を切り、集落を歩いている。守ってやっているのだからと、人に比べて遥かに少ない掟すら守らない無法者達だ。
ダズが彼等を認めている……いたのは、村人がやりたくないことをやっていたからである。無法を働かれたものにはキチンと損失を補填してやっていたのは、こういうときに役に立ってもらうつもりだったからだが……
だが今、彼らはこの場にいない。一体何をしているのかと是非とも問い質したいが、今、アレから目を背けるわけにもいかない。とにかくアレをなんとかしないと、亜人社会が滅んでしまう。
今は、森の中にも危険がある。人さらいたちが活発に動いている中、十分な準備もなしに森に出ても、違う驚異が待っているだけだ。下手をすれば死んだほうがマシだったということにもなりかねない。
考えることがとにかくありすぎ、頭がパンクしそうなダズだが、どうやら状況は待ってくれないらしい。
アレが動き出したのだ。
といっても飛びかかってくるというようなものではない。が、彼女の得意なものはなんだったか?
腕を持ち上げ、ダズたちに向けると、アルルの周りを舞っていた葉が、アルルの意思に従い、動き出す。まるで小さな虫が群れで獲物を襲うかのように、アルルの妖気をまとった葉が、三人に襲いかかった。
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