第34話 中央集落襲撃
「ハァ……いったいどいつを勇者にすればいいのやら」
ここは中央集落にいくつかある広場のうちの一つ。周りは騒がしくも笑顔あふれる現場となっている。
当然、勇者の選定という一大イベントが開催される事になったからだ。先代風の勇者アルルは、偏った考えによる差別発言によって、風の大精霊ネヌファの寵愛を失った。
集落を束ねる族長の一人として、それを皆に報告しないという選択肢は無い。あとの二人は頼りにならない訳であるからして。
やはり、組織の長の身内が、勇者であるということに思うところがあったのか。チャンスを失った者たちが、降って湧いた話に、意気揚々と選定会場の設営に励んでいる。
本当のところを知らないというか、伊達に長生きしてないダズは、世の中知らないほうがあることを知っているので、あえて聞かない。
だが、悩みが消えるわけではない。またおかしな考えを持つものが勝ち抜いてしまっては、同じ轍を踏みかねない。こういったときに相談できるのが残り二人の族長のはずだが、ドワーフ族の族長チュコヴは、勇者ルシードに自身の最高傑作を奪われ嘆く弟子筆頭の指導に付きっきりであるし、ハーフリングの族長ヨゼフィーネは、凝った腕輪の装飾に夢中である。
自分もエルフにしかできない、神樹の木工に精を出したいのだが、とにかくここのところトラブル続きで、気が休まる間がない。
妖精族は殆どがクラフターであり、何かしらの製作に携わっている。ダズとて例外ではないのだが、立場がそれを許さなかった。
特に何かを指示されなくても、組み上がっていく勇者選定のための舞台を見て、己の存在意義を見失いそうになっていたダズに、族長付きの小間使いがやってきた。
誰もダズに気を配ってなどいないので、そんなことをする必要はないのだが、耳元でコショコショつぶやいたあと、小間使いはどこかへ行ってしまった。小間使いとあって色々と忙しいのだ。下手すると族長より。
勿論、族長の方が圧倒的に偉いし、重要度はけた違いなのだが、立場が下の者ほど視点は近場にしか向かない。族長の悩みなど、共感できるわけもない。現に、この場にいるものは、『暇なら手伝え』と思っていた。
「戻ったか……」
いくら格好をつけても、誰も目に止めないし気にもしない。頼られる時などせいぜい非常事態時くらいのものである。人攫いがうろつく今が非常事態ではないのかという意見が出そうなものだが、そいつらは人数の大小はさておき、常に森を彷徨いているので、もはや日常であった。
「只今戻りました」
「御苦労……? アルルはどうした?」
「途中で催したみたいでな。どっか行っちまったよ。おっきい方じゃねえか? 結局帰ってこなかったし」
家に戻ったダズを迎えたのは、帰ってきたラーラとナ・プラダの二人だけ。ダズの妹アルルがいないのが気になって聞いたのだが、なんとも返事に困る答えが帰ってきただけだった。ヤツが言っているのは○グソの事である。ダズの顔も何とも言えない顔になった。
「……まぁ、そのうち帰ってくるだろう。じゃあ報告を聞かせてくれるか」
ナ・プラダにそんな事できるわけもないので、ラーラが代表して語り始めた……
「全然話が違うではないか……」
「あの子も予想外だったみたい」
「予想外?」
エーヴィヒカイトの寿命が尽きかけていると言う話は初耳だった。そして苗床として、今日薬草を取りに出ていったアカツキが選ばれたということも。何ともできた話である。
「ふぅむ……」
神樹の寿命が尽きかけているのは初耳だったが、次代の目処が立っているならば、特に問題はないように思える。そもそもダズにしても、生まれたときには既にあった大樹である。世代交代の方法など、普通の植物と同じかな、くらいに思っていたフシもあった。方法自体驚いたが、だからといって口を挟むような話とも思えない。
「じゃあアカツキ君は、エーヴィヒカイト様とドララシェリクディア様と今も何かをしているというのか?」
「おそらくは。種に栄養をやるにはどうするかという話をしているのかも識れません」
おそらくは普通の育て方ではないと、単純に予想がつく。ただ、ラーラたちを追い出す理由が分からないが、どちらもダズにとっては超常の存在。なれば、その予想がつかないのはある意味当然と言えた。
報告を聞いて、森に仇なすつもりがないことを感じたダズは、二人に家に帰って休めと言おうとしたのだが……
ナ・プラダが、窓の外を見ていることに気がついた。
「どうした? プー」
「プーって言うんじゃねえよ……いや、なんかさぁ、集落が騒がしくねえか?」
呼びにくいので、ナ・プラダは親しい者にはプーと呼ばれている。ラーラたちはそれを嫌がることを知っているので、ちゃんとプラダと呼ぶのだが、あまり浸透していない。
ダズはそういうところがダメなのだが、それはさておき。
ナ・プラダが向いている方向を見てみれば、選定場を設営している場所から、悲鳴や怒号、破壊音などが聞こえてきていた。明らかに異常事態である。
「何だ?」
ものすごく嫌な予感がしたダズは、二人を引き連れ広場へと向かった。
逃げ惑う人々の間をかき分け、たどり着いた先で見たものは―――
「アルル……なのか?」
虚ろな瞳をしたダズの妹が、ネヌファを顕現させたまま、力なく腕を垂らしたまま立ち尽くしていた。
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