第32話 世界のサイクル

「おおおおぉぉぉあぁぁぁ!!!」

『そらそら。のんびりしてる暇はないぞ』


 現在アカツキは、レッドドラゴン『ドララシェリクディア』を相手に鬼ごっこ中である。ちなみにアカツキが逃げる側である。捕食者と、被捕食者の関係そのままに、アカツキはレッドドラゴンから逃げ回っていた。


 どうしてこんなことになっているかと問われれば、時間を少々遡ることになる。






 場所は神樹の前の広場。そこに巨大、とは言えないまでも、そこそこの大きさの、半透明のドーム状の結界が、作り上げられていた。その中にいるのは、一人と一体。言うまでもなくアカツキと、伏せて寝ていたはずのレッドドラゴンである。


 位置関係は、結界のちょうど真ん中にて対峙し、アカツキは見上げ、レッドドラゴンは見下ろしている。口の端から、チョロチョロと炎が漏れているのがすごく気になるアカツキ。口を開けばブレスが飛び出すのは間違いないだろうと恐々としていると、エーヴィヒカイトの声がどこからともなく聞こえてきた。


『準備できた〜?』

「まぁ、一応……」


 結界の中心で、向かい合って待機とエーヴィヒカイトに言われたアカツキ。種というか、龍脈の力の使い方をマスターしてもらうと、大見得を切られたわけだが、こうして向かい合う意味が分からない。そして、なぜだかレッドドラゴンが素直に言うことを聞いているのもわからない。


『このままじゃアカツキくん死んじゃうから、まずは強化しないとね。アカツキくん、勁を巡らせてくれる?』


 言われてみればその通りで、この状況で平然としている自分に、今更驚くアカツキ。危機管理意識がちょっと薄すぎる。慌てて言われたとおり、アカツキは勁を巡らせる。右手にできた起点を刺激。一旦臍下を刺激し、丹田から一気に全身へと送り込んだ。


 いつもの朝稽古のやり方は、今ではほとんどやっておらず、養生しながら早く巡らせられるように、寝ながら練習していたのだ。ただ、おかしなことが起こっても城の人を困らせるだけなので、少し巡らせる程度にはしていたが。


 ユラユラとアカツキの体から、陽炎が生まれる。大人しくアカツキの前に立つレッドドラゴンの目には、アカツキの向こう側が、揺らめいて見えていた。


(ほぉ。独力でここまでやりよるか。だが、まだまだだのぉ)


 レッドドラゴンは目をつむり、かつての風景を思い描く。大地を縦横無尽に駆け巡る、人の姿を。


 かつて人は、今ほど脆弱な存在ではなかった。数は少ないが、ドラゴンとタイマンを張れる人間も確かにいたのだ。だが、ある時よりそのような存在はとんと見かけることはなくなった。


 だが、時を隔てた今、それを思い出させるような欠片を持つものが、目の前にいる。


(楽しませてくれよ、小僧。何時ぞやの勇者とかいうザコのように、失望させてくれるな)


 ある程度世界の事情を理解しているドララシェリクディアは、少し前に現れた女神に指名された勇者、ルシードの事をとても嫌そうに思い出した。


(才能のカケラもない。与えられた力を使いこなすわけでもない。ある意味、よな、ヤツは。それに対してこの小僧ときたら)


 アカツキより発せられる不可視のオーラ。それを周りに揺蕩わせ、無自覚にプレッシャーを撒き散らす。城での養生からここへ来るまで、いつもやっていた稽古らしい稽古をやってこなかったアカツキは、己の変化に驚いた。いつもの稽古で操る量を、遥かに上回っている。


『へぇ。結構なものだね。基本は出来てるみたいだし、スグに次の段階に行ってみようかな。身体の中だけで循環させてる力を、脚から大地に流してみてよ』

「大地、って……」


 足元を見ても、草がまばらに生えているだけの地面である。何も特別なところはない。だが、ただ見ているだけでは何も起こりそうにないので、ドームの中に響くように聞こえる声に従い、足の裏から地面へと力を流していく。いつもとちょっと感じが違うが、割と簡単に実行できた。


「ん? 何だ……これ?」


 何故か地面の中の様子が、薄っすらと分かるのだ。神樹の根元から、四方八方へと根のようなものが張り巡らされ、まるで生きているかのように脈打っている。


『気づいたかい? それが龍脈の力。世界を維持する力だよ』


 世界は神樹エーヴィヒカイトを中心に回っていると、本人(?)は言う。


 大地を流れる龍脈の力を、大地全体に張り巡らされた根が吸い上げ、神樹が呼吸をするように葉から魔力を放出する。使われなかったそれらが再び大地へと帰り、龍脈へと溶け込んでいくのだと。


『それが世界の循環のサイクルなんだ。その途中途中で、色んなものの成長なんかに使われていくわけだね。草花の生長やら、大地の実りやら。アカツキくんがやるのもそのうちの一つだよ。そもそも昔はもっとできる人多かったんだよ。ちょっとややこしいことがあって、人種と妖精種の血が混じっちゃって、さらに時代が混迷していたからね。いつの間にか使える人が居なくなっちゃって。だから良いタイミングだったよ。アカツキくんと知り合えたのは』


 何だかいいふうに話をまとめられたが、アカツキはふと思った。


 ―――そもそも何しにきたんだっけ?、と。


 元々、薬草を取りに来ただけのはずなのに、何でこんな赤龍と対面で世界の流れを知ることになるんだ? と、アカツキは首をひねり始めるが、既に動き出した流れは止まらないようで。一応、声をかけてみる。薄々、無駄かもしれないなと思いながら。


「あのぅ……」

『うん? 何かな?』


 景気良く話していたのを遮られたからか、声音に不満そうなニュアンスが混じっているのが感じられた。だが相手は長い時を生きる神樹様。寛容であることを期待しつつ、要求を告げた。「ここには薬草を取りに来たんです。患者が首を長くして待ってるんです」と。


 おそらく首を長くしているのは、レムリア姫ではなく、グレン王であるのだが、そこはサクッと気づかないふりをした。


 嫌だとハッキリ言わなかったが、ニュアンスは伝わったと信じたいアカツキ。だが、神樹様はこう仰った。


『大丈夫だよ。この結界の中は、時間が緩やかだからね。力の使い方のマスターまでやっても、外の時間は一日経っていない筈さ! だから心配ご無用!』


 親指を立て、「大丈夫!」というポーズをとっているような気がした。こうしてなし崩しに、修行をつけてもらうことが決定したのである。

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