勇者その14 ジャックくん

 補給隊が持ってくるのは、生活雑貨や食糧といった物資。そして、キャラバンに追随する人員の交代要員である。その中にシレッと混じっていたのが、アリソン伯からの使者、いわゆるルシード父から送り込まれた連絡員であった。


 ここへ来るまで、使者は居心地が悪かった。というのも、グレン王の厚意を無下にしておいて、ついでに行くならと使者を潜り込ませたからである。当然一行はそのことを知っている。なので、恥知らずな行為を平然と行うアリソンの関係者に対し、直接は言わないが気に食わないという空気が、態度には出ていたのだ。何より、積み荷が空の豪勢な馬車を操っているのが、目立ちすぎたからである。


 言っておくが、アリソンの関係者全てが、こんな恥ずかしい事を許容しているわけではない。だが、人類が手をこまねいて放置していた災害種を、すでに二体討伐。その後の世界を見ている勇者派としては、これを放置する理由も無い。盛大に勇者の所業を大々的にアピール。特に各地を渡り歩く商人には、袖の下を渡したり、あるいは接待を催したりして、熱心に布教を行った。


 一方で政治サイドとして、ルシードが勇者として活動する際、全面的にバックアップを行ってきた者と、今の成果を目の当たりにしてすり寄ってきた者を明確に分け、対応を露骨にすることで、今後も増えそうな勇者派貴族を操りやすくするという目的もあった。


 そんなこんなで活発に動く勇者派。ただ一方で、表沙汰にはされないものの、ルシードの蛮行を知るものも多く、一定の距離を保つ者も多かった。結果として、『厄介事に巻き込まれたくない』という、中立というか玉虫色の者たちが最も多かったというのは、人間という生き物を象徴しているのかもしれない。


 この使者は、父が勇者派の外様という、時代を読んだといえば聞こえはよくなろうが、とにかく時代に乗り遅れまいと、勇者派に擦り寄った下級貴族の息子の一人である。


 だが、どちらかと言えば巻き込まれたと言うにふさわしく、ソコソコ頭の回転が早かったので、勇者のキャラバンに参加する者が、他の口だけ勇者派の連中とは違うことを早々に見抜いた。本当に女神に要請に応えるべく、身体を張っているのである。美味しいところだけ欲しい勇者派の連中に、へそのゴマでも食わせてやりたいと何度も本気で思った。そんなこんなで道中、居心地の悪い思いをしながらも、使者は一人の寡黙な男と親しくなる。


 名をガナッシュといい、同行に志願してきた冒険者であった。


 いくら女神から請われた旅とはいえ、国を守る騎士を丸ごと国外へ出すわけにはいかない。もちろん、他国にスキを見せないように国からも人員を出さないということはないが、治安維持という意味でも旅に出す人材はできるだけ少なくというのも、国の本音としては当然。なので、言い方は悪いがお金で釣ることにしたのである。


 まずは冒険者ギルドに相談し、今まで依頼人とトラブルを起こしたことがない人材をチョイス。その中からさらに高ランクの冒険者を選択した。


 それなら、Sランクを招集すればいいだろうと言う話になるのだろうが、Sランクのうち半分は何かのトラブルを起こしており、なしの者は今仕事の最中ということで、わたりがつかなかった。その結果ランクが下がり、もう少し幅の広い冒険者へと話が降りてきたのだ。そのうちの一人がガナッシュであった。


 不躾な視線を向けられる中で、あまりそういったことに興味を持たず、淡々と接してくれるガナッシュの態度が、大変有り難かった。


 そんな使者の名はジャックといった。






 現在ルシードは珍しく服を着ている。道中、ルシードには専用のテントが設営される。何のためというかナニのためと言おうか。えらく不機嫌な理由は目の前の使者が持ってきた手紙である。


 ガラ悪く座り、片膝を立てて、使者を機嫌悪そうに見るルシード。そんなのに読んで聞かせるハメになった、哀れなジャックくん。ルシードは字が読めないのである。


 手紙を読み聞かせると同時に、とんでもない事を知ることになったジャックは、人知れず手を震わせている。流石にアリソン伯もそんなところまでは分かるわけもなかった。


「上級貴族の娘をさっさと孕ませろだぁ……?」

「……そのようでございますね」


 ジャックくんとて心はともかく、形は勇者派の一人。勇者の子を宿す娘が居れば、今後いいポジションで権力を握れるのは、まぁ当然だろうなと思う。そんな所に下級貴族の娘が来ても、エライ目に合うだけである。序列が早ければ早いほど、位が高ければ高いほどいいというのは、そもそも貴族の常識である。だから、話にはさほど違和感を感じなかった。


 ルシードの不機嫌は、抱きたい女を強制されるところにあった。せっかく好き勝手できるのに、それも親から言われることに腹が立ったのだ。


 そんな不機嫌なルシードをよそに、ジャックくんは手紙の中身を推察する。


 問題はこの後である。


 ―――下級貴族の娘は然るべき手段で処理するので、遠慮なく弄べ。孕ませてもかまわん。心が壊れてもいい。ただ、女として見えるようにはしておけ。


 気分が高ぶると、少々壊したくなるほどの衝動が出ることがルシードにはあった。髪の毛を引っこ抜いたり、鼻をつぶしたり。顔を焼くというのもやったことがあるのだ。そしてそれを生身ですることが、今のルシードには可能であり、アレクシスはそこを心配していた。後始末を幾度となくしていれば、そのようなこといくらでもあったからだ。


 ジャックくんは、文面から察するにエライことを知ってしまったと、己の運命を呪う。だがその呪いは連鎖したようだ。その元凶であるルシードから、何人か持って帰ってほしいと強制された。


 聞けば上級貴族の娘の一人が既に孕んでいるらしく、これ以上の旅を続ける意味もなし。後、下級貴族の娘の何人かが既に兆候を見せているのと、後、もう手を出すつもりがない何人か。定員が十名ほどなので、了承することにしたジャックくん。


 翌朝、早速令嬢たちを連れてキャラバンを後にした。ガナッシュに挨拶に行ったら、神剣の巫女ロクサーヌとありえない程の笑顔で話しているのを見て、何も言わずにこの場を去ることにした。


 自覚はないがそれなりに空気が読めるジャックくん。彼は、貴重なを積んで、キャラバンを後にした。


 彼の困難はまだまだ続く……

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