勇者その13 手紙
「手紙、ですか?」
「はい。此度、陛下はあなた方の心の平穏を保つため、親しい方との手紙のやり取りを手助けするよう仰せつかりました。差し当たりましては、フィオナ様にアカツキ殿から文を預かっております。……こちらをどうぞ」
あれからロクサーヌをイジり倒し、精神的にグロッキーに追い込んだシャロンとフィオナ。いつか返り討ちにしてやると、気安さが完全に仇になった復讐心に身を焦がすロクサーヌをよそに、さらなる追撃を試みようとしたところへ、キャラバンの生命線、『補給隊』がやってきた。
リーネット王国民のみで構成された勇者一行。これまでも度々、食糧や様々な生活物資、並びに人員の交代要員を補給隊は連れてきていた。いつ帰れるか、二度と帰れないかという旅路である。換えが効かない勇者や従者はともかく、付帯するキャラバンの面々は、あくまで勇者たちのサポートが主であるため、換えは十分に効く。長い任務を確実に終えるために、福利厚生にグレン王が気を使うのは当然といえば当然と言えた。
その中に、親しき者との手紙のやり取りというものが、あったのである。
元々はアカツキが、デュークとのアレコレで勝ち取った権利であったが、ついでにグレンもシャロンに手紙を出そうとのっかり、それにデイモンも巻き込まれた。ルシードについては、すでに私的にやり取りをしているということで、わざわざ補給隊を経由する必要もないと、ルシード父が使者を突っぱねた。
報告を聞いたグレンの頬がピクるという一幕があったものの、今更勇者の存在でイキるルシードの父アレクシスに、勇者派のうっすらとした王家に対する翻意を感じたグレンは、改めてアレクシス、並びに寄り親ザカライア=チャップマンを警戒するに至るという、思わぬ副産物があったことはさておき。
「アカツキから……」
正直全く、アカツキのことが頭になかったフィオナは、思わぬサプライズに手紙を受け取る手が震えた。
婚約者となって、村を出るまでの僅かな時間しか、そのように認識できる時間はなかったのだ。ただの村娘では経験できない出来事の数々。圧倒的に濃い今の日々が、塗りつぶしてしまうのも当然と言えた。
従者の中で、唯一故郷に大切な人を残してきたフィオナを、シャロンは当然茶化した。
「あら、フィオ。いいわね、婚約者からお便りが届くなんて」
「ちょっ、何言ってるんですか、姫様! アカツキはそんなんじゃ……!」
「えっ? 婚約者じゃないの?」
「いや……そうなんですけど……」
セキエイが失踪してから、毎朝起こしたり、ご飯を一緒に食べたりと、幼馴染という括りを飛び越え、まるで家族のように過ごしてきたアカツキ。当然、フィオナの父母にも茶化されてきた。そうなることが既定路線であったフィオナにとって、外部から茶化されるのは、妙な気恥ずかしさがあった。
幸い、シャロンやロクサーヌにも手紙は届いており、各自、手紙を無言で読み耽る時間が訪れた。
(なになに……)
フィオナに宛てられたアカツキからの手紙には、フィオナにはおおよそ理解できないものが綴られていた。
―――女神からの仕事を終えた自分に相応しい男になるため、王都へ出てきたこと。
―――薬売りになるために、試験をうけたが落ちたこと。
ここまではまぁ、いい。
だが、ここからの記述がおかしい。
―――冒険者になったこと。
―――その活動の最中、王太子と知り合ったこと。
―――幽閉中の第一王女を助けるため、秘密結社の構成員と戦って死にかけたこと。
などなど。
結構細かく書かれてはいたものの、噛み砕いて理解した結果は、おおよそこんな感じである。
なお、この中にロクサーヌの実家と懇意になったという記述もあったのだが、キレイに吹き飛んでいる。記憶の外へと追いやられてしまった今、思い出すことは困難だろう。
グレンのはからいにより、検閲などは一切入っていない。アカツキが思うままに綴った文なのだが……
どう受け取ったものかフィオナは迷った。
というのも、フィオナが抱くアカツキのイメージと、ズレがかなりあるのだ。
フィオナから見たアカツキのイメージと言えば、
―――朝弱く
―――部屋が汚い
―――服は脱ぎ散らかしており
―――ご飯の用意もろくにできない
ダメ亭主をそのまま具現化したような存在だ。ただ、日だまりのような暖かさ、不意に見せる優しさというものが取り柄の少年。それがフィオナから見たアカツキのイメージだった。
フィオナがドキリとしたのは、ルシードとのひと悶着があったとき。身なりがいかにも貴族っぽく、オマケに勇者という肩書をひけらかすルシードから、自分を守ってくれたアカツキを初めて『男』と認識したのである。
その後、丘でのやり取りがあり、アカツキとフィオナはこの旅が終わったら結婚しようと誓ったのだが……
何だか、手紙に書かれている事柄が、子供に読み聞かせる英雄譚のようで全く実感がわかない。
何度も読み返すうち、フィオナは一つの結論にたどり着いた。
(そうか……アカツキは、あたしを鼓舞してくれてるんだ……)
作り話をいかにも本当のことのように伝え、俺も頑張っているからフィオナも頑張れと励ましてくれているんだ! と盛大に勘違いしたフィオナ。
(そんなに心配しなくても大丈夫なのに)
女神の力は順調に馴染み、災害種の討伐も特に行き詰まった感じはない。失敗することなど考えられないくらいに順調なのである。
それ故、返信にはこう書いた。
『ありのままの報告をしてほしい』と。
それがさらなるすれ違いを生むことになるとは、このときのフィオナには知る由もなかった。
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