勇者その12 暇を持て余す

 ※ファンヴェルフの設定を変更しました。どこかで説明したかもしれませんが、今回の設定が公式となります。ご了承ください。


 ―――――――――――――


 ゴトゴトゴト……


 少し荒れた道を、勇者のキャラバンは目的地に向かって走っている。


 次の目的地は、ファンヴェルフ連邦公国南部の端の端に位置する『クラッケン海窟』である。そこの奥に位置する『メドゥーサ』が三体目の災害種となるわけだが、なにせ遠い。その向こうには蛮族が住まう国を、分断しているという大海峡のみがあるだけと言われている。大陸のほぼ中央に位置するリーネット王国民には縁がない国と言っても、過言でもなんでもない。


 そんなところに行く道中など、暇に決まっているのだ。






「当たり前のこと言うのも何だけど、暇ねぇ……」

「やめてくださいよ、殿下。暑いときに暑いって言われてイライラするのと同じですよ?」

「アンタも言うようになったわね……」

「いいことではないですか? 姫も仰っていたでしょう? 対等でいこうと」


 ぼやくシャロンに、素で返すフィオナ。まるで村のオヤジにするような対応である。気安い態度が嬉しい反面、粗雑な扱いに納得がいかない。複雑なお年頃のシャロンに、ロクサーヌが追い打ちをかけた。


 ここまで既に災害種を二体討伐している一行。それが自信につながったのか、フィオナの態度も随分堂々としたものになった。一行で一番変わったのは、言うまでもなくフィオナだろう。


 治癒という、聖女に似た力を使えるとあって、神聖視し始めるものもキャラバン内には現れ始めているのだ。できるという実感が、フィオナには徐々に備わりつつあった。


 シレッとした態度を取り続けるフィオナを、ジト目で見たシャロンは、視線をロクサーヌに向けた。


「あなたは変わらないわね」

「お飾りの騎士団にいたとはいえ、騎士は騎士ですから。我が剣は陛下に捧げているのです」


 当然、娘のあなたに膝をつくのは当然ではないですかとこぼしながら、侍女が入れてくれた紅茶をひとくち口に含む。


 なんだかんだで、年下の妹を可愛がるような姉妹のように、普段は上手くやれている三人である。


 ルシードは相変わらず別の馬車で、稽古とは違う運動を異性相手には励んでいる。馬車が不自然な動きを時々するのはそのせいだった。


 ルシードはすでに、身内と言っても良い三人……いや、二人に、色目を使うことはほとんどなくなっていた。もともと見ていなかった一人が、誰かは言うまい。ロリコン疑惑は、誰しも避けたいものである。


 旅の物資の補給のため、リーネットからは様々な物資が送られてくる。主は食糧だが、確実に届けるため、騎士が護衛についている。それについて来るのが、ルシードと誼を結びたい貴族の娘たちである。


 親、あるいは寄り親の思惑によって、送り込まれた娘たちは、ルシードの子種を受け入れてこいと、本人がどう思うかに関わらず、この場に送り出された。貴族の娘であるため、致し方無しとはいえ、悲痛に思う娘もいる。だが、それを差し置いても、ルシードの子種は後々、貴族社会、いや、世界で物を言うに違いない。


 そんな当主の思惑で、ルシードの元へと次から次に若い娘が送られてくる今、パーティメンバーにこだわる必要もない。それ故、ルシードは旅の初めに持っていた執着を、無くしているのであった。


 ある意味、いい距離を取れている四人。思い思いといっても、馬車の中でやれることもない。すると、当然こういった話が出て来たりする。


 口火は姫様が切った。


「ねぇ、ロク」

「なんですか?」

「最近、稽古の方はどう?」


 ロクサーヌは、女神の力が永遠にあるとは思っていない。なので今の動きが今後もできるように、空いた時間に、ひたすら剣を振っている。


 ポンコツ騎士団と言われ続け、それを受け入れていたとしても、剣一本で実力主義の第二騎士団団長までのし上がった父デイモンを、尊敬しているのは間違いなく、できれば自分も近づきたいと思っているのだ。


 降って湧いた力だが、それを有効に使おうとするロクサーヌは、他人から見れば、研鑽を怠らない努力家であった。


「いい感じに振れていますよ。力は使っていませんが、イメージ通りに体が動かせていますしね。それがどうしました?」


 口の手をやり、ニンマリするシャロン。その表情に訝しく思いながら、紅茶を口に含むロクサーヌは、次の瞬間、それを吹き出すことになる。


「あら。キャラバンのガードといい感じなのかしら?」

「ブフッ」


 彼女たちの乗る馬車は、一般の規格としては広めに作られているが、それでも馬車である。ちょっと乗り出し気味に聞いていた、シャロンの顔面に、紅茶がヒットした。

 広めにとられているとはいえ、四人しか乗れないスペースにはもう一人、無口な侍女がいた。ササッと、ハンカチをポケットから取り出すと、ガシガシと表情も変えず拭きだす。グリングリンと顔の角度を変えるシャロン。流石にメイクをするような年ではないので、顔がグチャグチャになることはなかったが、ヒリヒリしているシャロン。ようやく平静を取り戻したロクサーヌは、反論を試みる。



「ゲホッ、ゴホッ……ふぅ……何を言い出すのです、姫様。私はオズとは何も……」

「へぇ、オズワルドのこと、オズって呼んでるんだ?」

「あっ」


 痛恨のミステイク。ロクサーヌは、整ったその顔を両手で覆うハメになった。


「……いつからですか?」


 誰にも気付かれていないつもりだったロクサーヌだったが、暇を持て余した出歯亀の姫様には、即刻お見通しだったようである。ロクサーヌの問いに答えることなく、言いたいことだけ言うシャロン。こういったところは姫感が漂う。


「真面目で寡黙だけど、いい男よね」


 10歳の少女が言うには、違和感がものすごいが、バッチリ見られていたのは認識できたロクサーヌ。きっちり隠せていたと思っていただけに、気恥ずかしさが人一倍である。


 ただ、出歯亀はシャロンだけではなかったようで。フィオナがそれに続く。


「たまに、夜に寄り添って、語り合ってましたよね」

「お前もか!?」


 後々、ロクサーヌがキャラバン内で聞いたところ、殆どの人員が、見かけたことがあったそうで、ロクサーヌ及び真面目で寡黙な男『ガナッシュ』は、二人揃って、赤面することになった。

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