第31話 帰路

「なんか無駄足だったな。結局追い出されちまったし」

「……そうね」


 頭で手を組み、やれやれといった感じのナ・プラダ。勇者の中で唯一、見た目通りの年齢の16才の彼女は、来た意味なかったとぼやくが、ラーラにとってはそうでもなかったのだ。






 出発前夜、ラーラは一人、ダズの元へと呼ばれていた。


「監視……ですか?」

「うむ。リーネットの王から、命令書を受け取ってはいたようだが……」


 時勢の挨拶と『薬草採取のため、デザートトライアングルに向かうこと許されたし』と書かれた本文と、グレン王直筆のサイン。そして、王印が押された親書を読んだダズだったが、何か裏があるのではないかと疑っているのである。


 ただでさえ、人攫いの量が領域内で増加しているのだ。勇者という札をすでに切ってはいるが、力を持つものの傲慢さ故か、結果は芳しくない。

 現にアルルは先程、大精霊から勇者失格を言い渡されたばかりであり、その理由も精霊王の意に沿わぬからという、至極まっとうな理由。


 これはダズにも原因がある。離れて暮らすハーフたちの立場改善を、怠ったからである。なまじ寿命が長い種族であるため、喫緊そういうことが可能になったと急に言われても、虐げていた者たちも、それを受け入れていた者たちも、そんな簡単に意識は変わらない。むしろゼファーの方が例外なのだ。


 とうとう実益を損なう出来事があって、ようやく重い腰が上がったわけだが、どこから手を付けるべきか非常に悩ましい。そこへ来て、日常とは違うものが入り込んでいるとあって、警戒するなという方がおかしい。


(他の二人は役に立たんしな……)


 亜人領域は三種族の合議制であるが、あとの二人が『ダズの判断に全て委任する』と、政治的な判断をすべてダズに丸投げしているのだ。アカツキたちが挨拶に来たときも本当にただ来ただけで、判断することなど欠片も考えていなかった。

 別に三種族がいがみ合っているというわけではないが、別々に暮らしている彼らは、各々の縄張りへと決定を持ち帰り、それに従うという訳だ。然しながらこういった事に従わない輩も多く、問題は問題のまま。それがついに表に出たという話なのだ。よりによって、一番しんどい思いをしていたエルフが擁する勇者がわりを食ったというのが、なんともいたたまれない。


 幸いボンクラな族長共とは違い、勇者たちはそれなりに言うことを聞いてくれている。少々若すぎるナ・プラダには流石に任せるわけにもいかないので、残るはラーラだけになってしまうのだが、そのカードが切れるだけでも、ダズは十分に救われた気になっていた。


「まぁ、何もなければそれはそれで良い。神樹様のお膝元であるし、ドララシェリクディア様もおられることだしな」


 世界に三体しかいない色龍レッドドラゴンを相手にどうにかできるなら、ダズの思いつくことなど鼻で笑われて蹴散らされるだけだ。


 ちょっと頭髪が寂しくなってきたかしらと、ダズの後ろに無造作に流されている金髪を見て、不敬なことを考えていたラーラだったが、ダズの次の一言で意識が戻ってくる。


「お前のそのぶりっ子な態度は、人を無防備にさせる。お前がまさか150を超えていると……は……」


 突如、不穏な空気を感じ取るダズ。言葉尻がかすれていったことが、自分でもわかるほどに。空気を生み出しているのは、目の前のラーラ。後ろには水の大精霊ニンフが顕現している。


 ネヌファと同じ姿形で、色だけが透き通るような青い色。腰から上だけで形成された影のような姿。目に当たる部分だけやや影が刺したようで、少しだけ濃い青になっている。


 腕を組みダズを見ているように見えるその姿は、まさに守護者といった雰囲気を醸し出す。


『アンタさぁ〜、うちのラーラちゃんに何言っちゃってるわけぇ〜? おぼれさせてあげようか?』


 口に当たる部分が見当たらないにもかかわらず、砕けまくりの口調がしっかりとダズに伝わる。


 ダズはしまったと思ったがもう遅い。ラーラの禁忌、『年齢』に触れてしまったのである。オマケに普段の態度にも。ラーラの解釈はこうだ。


 ―――年甲斐もなくぶりっ子とか超笑う


 頭の片隅になかったわけではないが、普通に年相応に話せるのに、本性を知らない者に対する態度は、見た目相応に心掛けているラーラの心を、ざっくり抉ったのだ。


 一言で言えばデリカシーが無いということだが、うっかり失言したことに気が付いても、時既に遅し。生み出した水球で顔を覆われ、窒息寸前まで追い込まれてから、ようやく解放されたダズは、最後に一言だけ残した。


「とにかく……あのアカツキという少年の……見張りだけ、たの、む……」


 ガクリと力尽きたダズを放置し、そのまま去るラーラ。ニンフは何も言わずにいつの間にか消えていた。






(一応報告するべき話よね……)


 薬草採取などほったらかして、神樹の種を飲み込み、次世代の神樹を腹の中で育てるなんて話、ラーラは聞いたことがない。それが本当かどうかはともかく、種をアカツキが飲み込んだのは間違いないわけだから、監視任務を承ったラーラはそれを報告する義務はあるだろう。


 ダズが心配していたように、薬草採取の話など吹き飛ぶような重大ごとだ。裏なんて話どころではない。


 ただこの一件は、リーネットどころか、アカツキすら予想になかった話であって、それがさらに状況把握をややこしくしている。真実が覆い隠されまくりである。


(けどそんな話、信じてくれるかしら?)


 今、考え事に集中するために、ナ・プラダの退屈を紛らわせなければならなくなったので、大精霊の結界を意図的に解除して魔物に襲われる状態にしている。先程から魔物がラーラたちを襲っているのだが、ナ・プラダが斧を振り回して、高笑いしながら次々惨殺している。もちろん死体は放ったらかしで。そういうふうにしていても、他の魔物が勝手に始末してくれるのだ。目的は戦闘なのだから、解体などする必要もない。


 そんな風景を横目で見ながら、二人は中央集落を目指し、歩き続けるのだった。

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