第30話 かつて
『それじゃあ、勁を展開してくれるかい?』
なぜか、ここに残ろうとする勇者たちを、口八丁で集落へと追い返すと、エーヴィヒカイトは、徐にそう言った。
既にレクチャーは始まっているのだと理解したアカツキは、最近できるようになった、短縮版で勁を巡らす。
右手から丹田へと伝わった勁は、徐々に全身へと巡り、僅かに光るまでになった。いつもなら一汗かくほどの時間がかかるのだが、右手を起点にできるようになると、全身に巡らせるのが、いとも簡単にできるようになった。
それを見たエーヴィヒカイトは、感心したようにアカツキに言う。
『大したものだね。今日びここまで上手く扱える者は、なかなかお目にかかれない』
「そうなんですか?」
自分の希少性に気がついていないアカツキは、呑気にエーヴィヒカイトに話しかける。
『もちろんだ』と返事をすると、どういう理由で希少かということを話し始めた。
かつて今のように世界の危機があった。理由は違えど、放っておけば生きとし生けるものは、すべて死に絶えるほどの危機。
当然、人は抗った。森の亜人種や、本能に引きずられがちな獣人種と、力を合わせて驚異に立ち向かう。
ただ敵は圧倒的な質量で、歯向かうものを尽くあしらってゆく。
亜人種は世界を覆う精霊の力を借りた精霊術を。獣人種は、元から持つ身体能力をもって、戦いに赴いた。
だが、人間には力が無かった。なので、前線に赴くものが全力を出せるように、そして後顧の憂いを持たなくてもいいように、全力でバックアップに努めた。
だが、やはりと言おうか、命をかけない人間に、不満が貯まるのは当然の事。人間も前に出ることを要求される事になる。大地に住む者全ての戦いなのだ。えこひいきなど許されるはずもない。
時の人間の支配者は困り果てた。人間の中で一番強いのは、支配者の近衛であったが、それはあくまで人間としてである。当時、人間は亜人種、獣人種よりも、遥かに身体能力に劣る存在であり、前線に出たところで、すぐに大地の肥やしになるか、死体を放置され病気のもとになるかの、二択にしかならないような存在だった。
だが、そんなときにどこからともなく現れたのが、勁を操ることができる集団だった。
こんな時に黙って見ていることなどできないと、その集団の長が時の支配者に告げ、戦いに参戦。最前線の亜人や獣人と並ぶような活躍をしたのである。
当然、時の支配者がそのような者たちを逃がすわけもなく、あらゆる手で身内として取り込み、力の秘密を聞き出した。
「それが勁、ですか……」
『そう。ただ君ならわかると思うんだけど、習得までに相当時間がかかる。今、戦力が欲しい人間には、不向きだったんだ』
代わりに行われたのが、人と亜人のハーフの特性を活かした、人造兵計画というものだった。
戦が起こる前、力がない人間は、賢しい手段で亜人を騙し、あらゆる暴虐を行っていた。特に酷かったのが、見目の良い者が多い亜人を攫ってきて、性奴隷とすることだった。
人相手だと、なかなかできないことも、一部の者は平然とやってのけたのだ。コンプレックスもあったのかもしれない。生まれながらに力を扱う素質を持つ、亜人や獣人に。
そんな者たちを虐げる充実感に酔った行いに、思わぬ副産物が付いてきたのだ。
まずは成長に関して。
混血は成人するまでの期間が短く、五年程度で成人まで育つ。しかし知能は、幼児のままという、おかしな常識を仕込むには、十分な条件が揃っていた。
そして、もう一つ。
ハーフは、中位程度の精霊術が使えることが判明したのだ。上級レベルのものを扱う素質はないが、それでも良かった。
だがその知識は、一部の者で独占され、時の支配者に伝わることはなかった。
それがこの土壇場で、我が身可愛さに提供したものがいたのだ。
『支配者たるもの民を守るべし』
そんなことに賛同できない小者が、知識を提供した。
眼の前の豚を前線に差し出したとて、何の意味もないが、罰として親類縁者係累を、軒並み前線に送ると、すぐさまその非道な計画をスタートさせた。
何年、何十年と続く終わりの見えない戦いに、その短いスパンで兵士を生み出すサイクルは、とても魅力的に見えたのだ。
『それでも、ダメだったんだけどね。結局女神が介入。一時的な措置をして、今まで平和が守られていたというわけだね』
『結局、勁の秘密は一部の者にしか伝えられていなくて、失伝しちゃったみたいだけど』とトボけた様に言うと、
『まぁつまりは、今それが使えるアカツキくんは、希少価値の塊だということさ』
「なるほど」
何がなるほどだと、セルフツッコミを入れるアカツキだったが、褒められて悪い気はしない。話が長くて、ところどころ飛ばし気味だったが、まぁ自分の力が希少だということは分かった。
『じゃあドララシェリクディアと、実戦訓練ね』
「は?」
『だから訓練さ。実戦が一番効果があるって知ってるでしょ? あ、心配いらないよ。ちょっとした結界を張っておくからさ。時間は気にしないで大丈夫』
抗議をしようとしたアカツキに、不意に影が差す。頭の上から生温い息が吹きかけられている。
恐る恐る上を向けば、そこにはレッドドラゴンの姿が。なぜだか不敵に笑っている気がした。
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