第29話 質疑応答
えずきにえずいたアカツキだったが、結局種は出て来ず胃に残ってしまった。不安は残るが、そもそも危害を加えられる覚えもないので、立ち上がってもう一度相対する。ただ、顔にちょっと不安が現れていたのか、神樹の霊が苦笑気味にアカツキから不安を取り除くべく、種の説明をした。
『アカツキくん。君に飲ませた種はね、僕の種さ』
「……? 神樹の、ということですか?」
『そういうことだね。これで君は大地に流れる命の力『龍脈』の力を自在に使うことが出来るようになるんだ』
いきなりとんでもない話になって、付いて行けないアカツキ。そもそも、である。
「……なんで?」
『え゛っ』
「いや……たぶん初対面だと思うんですが……」
『そうだね……』
つい普通に聞いてしまったが、相手が偉い人(?)であることを思い出し、途中から丁寧な聞き方になるアカツキ。しかし、こんなことをしなければならない理由も、される理由も皆目見当がつかない。何度も言うが、アカツキはここに薬草を採取に来ただけである。いきなり『龍脈』とか言われたって、意味が分からない。
しかも、神樹の対応がいかにも怪しい。はつらつとした受け答えだったのに、勢いが急激に引っ込んだ。穿った見方をしても何らおかしくはない。
やや、訝しい目で神樹の霊を見ていると、ため息を一つつく神樹。そして、おもむろに口を開く。
『……これはあまり大っぴらにしたくなかったんだけども』
一つ、断りを入れて理由を話し始めた。
曰く、神樹としての寿命がじきに尽きるとのこと。次世代を育てなければならないのだが、適当な場所が見つからないこと。神樹の種は龍脈の力を吸い上げ育つため、剄を操ることが出来る『覚醒状態の人間』の中にあれば、行き場を失くした力を種が吸い上げ、成長の糧となることなどなど―――
ツッコみたいところがたくさんあったアカツキだったが、一度『最後まで聞いてほしい』と言われ、質問は後回しにした。
『―――というわけなんだ。世界の危機だ。ぜひとも協力してほしい』
すでにアカツキはちょっと待てのポーズで、こめかみを揉みこんでいる。勇者たちも突然の危機で唖然としているが、『このことは内緒にしてほしい。混乱するから』と言われ、事が大きすぎて手に余るのか、素直に頷いた。
勇者たちに手に余るのに、一介の庶民に手におえるわけがない。きっちりとお断りの一言を告げたのだが、神樹のたった一言で、アカツキは撃沈する。
『婚約者の努力を無駄にするのかい?』
さりげないこの一言が効いた。
神樹の役割とは、龍脈から力を吸い上げ、葉から空気中に魔力をばらまくことであり、それによって大地には命が宿る。そしてそれらが死を迎えると大地に還り、それを再び龍脈が吸い取って―――というふうに命のサイクルが成り立っているということだ。
つまり、勇者たちがいくら女神のお告げで、世界を回ってお願いを聞いたところで、そのサイクルが壊れてしまえば、全く意味をなさなくなる。
なので、その大元である神樹を絶えさせるわけにはいかないのだと、エーヴィヒカイトは熱弁した。
フィオナが頑張って世界を回っているのに、アカツキがそれをぶち壊していいわけがない。帰ってきてそれが全く無意味、しかもそれがアカツキのせいだとすれば、どれほどの年月がかかっていたとしても、がっかりするだろうと神樹に説得された。
そんな光景を想像して、なるほどと思ってしまったアカツキは、それを受け入れる他なかった。
長い年月を生きてきた樹に、たやすく口八丁手八丁でやり込められたアカツキ。まぁ、彼を責めるのも酷というものだろう。
なにせ、生きている年月が圧倒的に違うのだから。
神樹の種を受け入れたアカツキに、エーヴィヒカイトは鍛錬の必要があると告げた。
「鍛錬……? ですか?」
『そう。龍脈の力を取り込む鍛錬だ。特別なやり方は必要ない。力が体を巡ると勝手に種のところにも力は回って、ついでに勝手に吸収するから』
「……ちょっと気になることが」
『なんだろう?』
先ほどの申し訳なさなど微塵もない。全ての要求を受け入れられたエーヴィヒカイトは、とても朗らかだった。アカツキの心配事など屁とも思っていないようである。若干イラッとしたアカツキだが、ちょっと心配ごとが大きすぎた。
「あの、ですね」
『うん』
「発芽したら、どうなるんでしょう?」
『うん?』
「いえ、その……植物というのは、栄養を吸収して芽を出すわけですよね」
『そうだね』
「勝手にその……龍脈? ですか。その力を種が吸収したら、当然いつか発芽するわけで……」
自然の摂理としては当然である。アカツキの心配は尤もな話で、自分の体ごと樹になる心配があったのだ。土に植わっているわけではない。アカツキに植わっているわけであるからして。
きょとんとしていたエーヴィヒカイトは、腹を抱えて笑い出した。
『あははははははっ。心配いらないいらない。そんなすぐに発芽しないから。僕だってもう何千年も生きてるんだからね。それだけたってもこの大きさだ。アカツキくんが死んでも、そんなにすぐに芽が出ることはないよ。何百年も力を吸い続けて、やっと芽が出るんだから』
じゃあ、俺じゃなくてもいいじゃないかと思うのだが、そこにも先回りされた。
『昨今なかなか覚醒状態の人間に出会うことがないからね。そこは見つけ次第確保しなくちゃ』
「……なるほど」
そもそも覚醒ってなんだよ、とか言いたいことはいろいろあったが、正直疑問を口に出すたびに論破され、いい加減うんざりしてきていたアカツキは、もう納得した。勇者たちの様子を見れば、エーヴィヒカイトは妖精種の元締めのようなもののようだし、悪いことにはならないだろうともう投げやりになっていた。ここいらへん、商売に精を出す者なら、疑問を解決するまで問い詰めただろう。
根負けしたアカツキは、ここで質疑応答を終える。そもそも世界的に見て大した人物でもないアカツキを、そんな次元の高いレベルで騙す理由もないのだ。
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