第28話 神樹の願い

 勇者たちから離れようとしていたアカツキだが、神樹の亡霊(?)からのお願いを聞くためにそちらへと戻る。あんな得体のしれないものを無視すると、何かよからぬことが起こるかもしれないと考えたからだ。それに力の権化たるドラゴンから話しかけられたというのもある。そこいらの魔物とは格が違うと、すでに分からされているからだ。


 神樹とドラゴンというわけのわからない抱き合わせに対し、堂々と渡り合うなど普通はありえない。勇者たちはどう思っているのか知らないが、あの対応を見ると、例外的なことが起こっていそうな感じはするアカツキ。


 とりあえず頭は下げとこうと、戻ってきて膝をつく。当たり前だがここは森であって、整備された街ではない。膝や手が土で汚れるのもかまわず、アカツキは頭を伏せたまま、声を発した。いわゆる土下座というものである。偉い人には下手に出る。セキエイの教えである。相手は人ではないが、たぶん悪い気はしないだろうと、勝手に思うアカツキ。


「お初にお目にかかります。アカツキと言います。この度は―――」

『ちょちょちょ、やめてよそんなの。普通に立って話してくれればいいよ』

『うむ。妾もそのほうが嬉しいの。そんなへりくだった格好はしなくて良いぞ』


 頭に響く神樹とドラゴンの声。少しだけ頭を上げ、視線だけでそちらを見ると、亡霊もドラゴンも何やら高ぶった様子もない。どうやら言葉通りだと判断したアカツキは、ようやく頭を上げそのまま立ち上がる。手と膝を払うと、もう一度それなりに頭を下げた。堅苦しいのは嫌なのかなとアカツキなりに思ったからである。


 どうやら、それは正しかったようで、樹も竜も普通に話し始める。ただ、声と動きがあっていない気がするのは気のせいでは無いようで、神樹の霊の口の動きと頭に響く声は微妙にずれがあるように感じていた。


『やっと普通に話ができるね』

『うむ。あの勇者とやらと違って話が通じて何よりだ』

「勇者……?」


 アカツキが呟きながら、ラーラ達のほうを見ると目線がバッチリとあった。再び首を横に振るラーラ達を見ると、この話は彼女たちにも聞こえているようである。


 亜人の勇者たちの態度を補足するように、神樹の霊が追加情報を教えてくれた。


『こないだ女神が選んだ勇者(笑)が来てね、ドララシェリクディアの素材をよこせってケンカ吹っかけてきたんだよ』

「へぇ……あ、じゃあフィオナも……」

『そんな子いたのかい? というか普通、ドララシェリクディアのほうに気がいかない?』

「いや、婚約者なので」


 いささか勇者の発音に嘲りを感じたが、樹や龍に果たして人の特徴など見分けがつくのだろうかと、ささやかな疑問も持ったが、こんな感じの娘だと告げるアカツキ。ただアカツキは、ちゃんとドララシェリクディアという名を覚えていた。地頭は良いのである。


『あぁ……いたいた。後ろから補助してた子だね』

『他の連中が不甲斐ない中、一人補助に気を吐いていた娘だな。その娘がそなたの番であったか』

「いや、番とかそんな大げさなものじゃないんですが……」

『だが、子作りしているのであろう?』

「こっ……いやいや! 俺とフィオナはまだそんなんじゃ……」


 女性関係がウブいアカツキは、くねくねと気持ち悪い動きで照れまくる。元々口づけ一回で決まった、口約束である。なんの強制もなく、未来の保証もない。ただ、アカツキにとってはそれが全てであり、平静を取り戻すまでずいぶん時間がかかった。周りがずっと待っていてくれたのは、きっといい人(?)だからに違いない。


『あー……そろそろいいかな、アカツキくん』

「はっ……申し訳ございません」

『その振り幅は何なのだ……』


 ふと正気に戻ったアカツキは、急に敬語になり再び頭を下げた。その振り幅の大きさにドララシェリクディアは思わずツッコミを入れるが、アカツキに気にした様子はない。


 とりあえず会話の応酬が出来そうだと判断したエーヴィヒカイトは、とあるお願いをアカツキに提示した。


『実はね、君にお願いがあってね』

「はぁ。お願いですか」

『うん。これを飲みこんでほしいんだ』


 エーヴィヒカイトがそう言うと、風もないのに神樹の葉がガサガサと揺れ出した。そうすると、背伸びした程度では届かない葉の間から、光に包まれ一粒の種のようなものが降りてきた。ゆっくり、ゆっくりと。


 それはアカツキの前に降りてきており、ちょうどいいタイミングでそれを両手で優しく包み込むアカツキ。手を開くと依然として輝いている。それを載せたまま、アカツキは神樹の霊に問いかける。


「これ、なんです? 種?」

『そう。大地の子。君にこの種を飲みこんでほしいんだ』

「???」


 理由が全く分からないアカツキ。薬師であるゆえに、厄介なものを飲みこめば大変なことが待っていることを知っている。故に得体のしれないものを飲みこむというのはさすがにためらう。


 ところがここへ来て、連れが突然動き出す。


 ナ・プラダやラーラにとっては、『神』樹というくらいなので、それはそれはありがたいものなのだ。そんな存在がお願いすることを拒否することなど、彼女たちからすればありえない。


 そろりと二人してアカツキの背後に接近すると―――


 アカツキに無理矢理飲ませようとした。


「なっ、何しやがるっ! 離せっ!」

「何言ってんだコノヤロー! エーヴィヒカイト様のお願いを聞かないとか、正気かお客人!」

「そうなのっ。お願い聞いてあげてほしいのっ」


 ナ・プラダは言葉と行動が一致しているが、ラーラは懇願するような言葉のわりに、かなりの力でアカツキの手を口に持っていこうとしている。ナ・プラダは後ろから羽交い絞めにしている。


 ムリくり振り払うことが出来ないわけではないが、ここまでそれなりに友好的だった二人に、力づくという手段をとるのに一瞬、躊躇するアカツキ。ここいらへん、戦うことを生業とするものと非戦闘職である薬師のアカツキで、瞬時の判断が分かれた。


 全力をもって種族の護り神の願いを叶えようとするものと、色々躊躇する一般人。結果など目に見えていた。


 アカツキの抵抗虚しく、種はアカツキの口に入ってしまった。反射的に吐き出そうとするも、ラーラに口を押さえられてしまいどうすることもできない。咳の一つでも出れば吐き出せたであろうが、こんな時に限ってそれも出ない。


 あっという間にするするっと喉を通り、胃へと無事(?)に到達した神樹の種。のどの動きでそれを確認したラーラは、ナ・プラダとハイタッチ。「うえーい」と達成感を共有した。


 アカツキは四つん這いになると、すぐさま喉へと指を突っ込んだ。村で何度となく二日酔い患者を介抱したときにやった、酒精を吐き出す究極手段である。だが―――


「オェェェェェェ……」


 奮闘虚しく出てくるのは胃液、涙、よだれ、鼻水だけであった。

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