第27話 大地の子

「これが……エーヴィヒカイト……」

「そうっ。これが大地の護り神っ。後はレッドドラゴン様っ。すごいでしょっ」


 よくよく考えれば、ここまで魔物と遭遇しないのはおかしいなと、素朴な疑問を持ったが、大精霊が虫除けになっているとラーラに言われ、なるほどと納得したアカツキ。エドやレビンが聞けば「ホントかよ」と疑問をもったりするのだが、実際にここに来るまでに一切遭遇しなかったのだ。信じざるを得ない。


 ひれ伏したくなるような存在感を持つ神々しい樹が、随分と前からアカツキの視覚に入っていたが、樹の元へたどり着けば、その存在感は圧倒的だった。実際にひれ伏すかどうかは別として、ちょっと樹齢がたっていそうどころの話ではなく、『どれが』なんて言葉を全く必要としない、自己紹介がいらないほどの樹がそびえ立っていた。見上げてなお天辺が見えない。


 だが徐々に見えて来ていたのはエーヴィヒカイトだけではない。


 まずは赤い背中、それが山の頂上のように見えた。そこから距離が近づくにつれ、徐々に全貌が見えてくる。背中がまず見えたのは、それが寝そべっていたからだ。前足に頭を載せだらりとしているように見えるが、片目は既に開いておりアカツキたちのほうを静かに見ている。だが、威圧感のようなものは感じない。静かで凪いだ視線だ。


 もう一つの圧倒的な存在、レッドドラゴンである。


 よからぬことを企んでいる者なら、それだけで怖気づくのだろうが、アカツキは別に神樹やレッドドラゴンに危害を加えに来たわけではない。


 しかし、得意げにラーラに紹介してもらってなんだが、アカツキにエーヴィヒカイトやレッドドラゴンは直接関係ない。アカツキに必要なのは、レムリア姫を治療するために必要な薬草、『シンダ根種亜種』である。地べたに寝そべり、目だけをこちらに向けている、レッドドラゴンの魔力を浴びた特殊な薬草を目的としているのである。


 とりあえず、神樹やらレッドドラゴンの相手は、連れの勇者に任せるとしてアカツキは薬草を探そうとするのだが、


『まあまあ、あわてないで。ちょっと話をしようよ』

「?」


 頭の中に直接語りかけられるような感覚が、アカツキによぎった。妙な感覚に当たりをキョロキョロするが、こちらを見ているラーラとナ・プラダ、後はなぜかレッドドラゴンもこちらを見ていた。


 発言の主が連中とも思えず、首を一つひねると再びアカツキは、捜索を開始する。だが、その手はすぐに止められることになる。


『おーい。こっちをむいてよ』


 再び声が聞こえたアカツキ。話し方はラーラに近いので、アカツキは何か用かと尋ねる。ジェスチャーのみで「あたしじゃない」と告げてきた。返事からすると彼女にも聞こえているようなので、他はどうだとナ・プラダにも視線を向けると、こちらも掌を立てて、左右に振り自分じゃないアピール。確実に聞こえているジェスチャーを返してきている。

 レッドドラゴン……と思ったが、言葉が通じるとはアカツキには思えなかったので、そちらには視線を送らなかったのだが―――


『妾には聞かぬのか?』


 と頭に響くのは先ほどとは違う声音が聞こえてきた。この場に生物はアカツキを除けば、勇者二人とドラゴン一匹であるため、消去法でレッドドラゴン以外ありえないのだが……


(ドラゴンって言葉が分かるのか?)


 何度も言うがアカツキはただの田舎の薬師である。ドラゴンなんて魔物扱いだし、まして樹が喋るなんて思いもしない。そういうこともあるもんなんだなと受け入れる度量の広さはあるものの、基本、常識の範囲は狭い。なのでドラゴンが話してくるなんて思いもしない。しかし、それ以外ありえないということで、戸惑った。


 状況が全く進展しないことに、しびれを切らしたのはエーヴィヒカイトのほうだった。


『アカツキくん。樹の方、向いてくれる?』


 名を呼ばれたことで、さすがに自分に語りかけられていることに、ようやく気付いたアカツキは、言われた通りエーヴィヒカイトのほうを向いた。


「……」

『やあ』


 いや、やあじゃねえよとツッコミを入れたくはなったのだが、開いた口が塞がらない。どうみたって子供にしか見えないものが、向こうが透けた状態でしかも浮いている。見た感じフレンドリィだが、何が何だかわからないアカツキ。


 果たしてこれは当たり前なのか、特殊なことなのかと連れの勇者のほうに目を向けると、口がパカリと開いていた。それを見て、どうも特別なことのようだと認識したアカツキは、いったん採取をやめ、その透ける子供のほうへと体を向けた。


「えっと……」

『やあやあ。やっと会えたね。『大地の子』』

「……うん?」


 何やら聞き覚えのないフレーズである。耳をかっぽじって、もう一度耳を傾けた。意味はないかもしれないが。


「大地の子?」

『そう。大地の子。今はもうほとんどいないけれどね。各地の王族とか帝族が、あてはまるんだけど……君は第弐門まで解放できているようだね」

「第弐門……」


 思い当たる節がないわけではない。門というのはアレジが言っていた『七つの門』のことだろう。つまりは剄がらみということで。今では丹田以外に右手の甲からも、活性させることが出来るようになっている。

 おそらく、という仮定でしか今は分からないが、どうもそういったことにもこのエーヴィヒカイトは通じているようだと、襟を正すアカツキ。


 一体何を話したいのか? 皆目見当もつかないアカツキは、正式に神樹のほうを向いた。

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