第25話 憔悴のアルル
森の中を迷うことなく歩くアカツキたち。同行者は『火』『水』、そして元『風』の勇者たち。とんでもないVIP待遇にアカツキの居心地はやや悪い。
元々アカツキは、それほどコミュニケーションが得意な方ではない。話しかけられてどもるというような、重度の障害を持っているわけではないが、職業柄一人で誰とも話すことなく、素材を処理していくような仕事なので、アカツキのほうから話すという習慣がないのだ。
そんなアカツキにうろちょろと付きまとう者が一人。水の勇者ラーラである。ハーフリングは、成人しても子供のような見た目のままだったりするのだが、ラーラはもう少し歳を重ねたような風貌で、アカツキやフィオナとあまり変わらない見た目をしていた。成人一歩手前の少女といったナリである。
こういった突然変異個体というのは、亜人たちの中では割と頻繁にいたりする。火の勇者ナ・プラダも、ドワーフという個体ではあるのだが、男女ともにずんぐりした体形とヒゲ付きという特徴からは外れている。
細身の引き締まった男性のような体に、女性特有の胸と尻、それが付いたような風貌なのだ。勿論ヒゲなど生えておらず、好みの分かれる見た目だろうが、美形は美形だ。
要するにこの三人、人の世を歩けば人目を引くことは間違いないのである。そんな中の美少女と言ってもいい者から、『興味を持ってます!』という顔を隠そうともしない表情を向けられても、アカツキには下心一つ湧いてこない。心をざわつかせるのは、いつでも年上の女性ばかりである。王妃然り、リディアの母然り。フィオナは興味とかそういう対象から外れている。
そんな淡白な態度を見せるアカツキの周りを、楽しそうにまとわりつくラーラ。何かを話しかけては、アカツキが答え、それに対してにんまりと笑顔を浮かべる。
ナ・プラダとアルルはそんな二人の後ろを歩いていた。主にナ・プラダがアルルに話しかけるという形だったが、アルルの返事が生返事で、話を聞いているとは思えなかった。だが、それでもナ・プラダはアルルに話しかけ続ける。
「へぇ~。ラーラがあんなに人間になつくなんてな。見ろよ、アルル……アルル?」
「えっ……あ、ゴメン。聞いてなかった……」
無意識に左手の甲を押さえるアルル。それを見たナ・プラダは、包帯が巻かれた左手を見て、どうしたのかを尋ねた。まあ、当然と言えば当然である。
「ちょっと料理中にケガをしてね。兄さんが手当てしてくれたの。大げさだって言ったのにね」
「お前が料理? 珍しいな。あ、そうか。客人たちを、逆の意味でおもてなしするためだな? ウチ等三人の中じゃ、お前が一番料理下手だもんな。族長も酷なことするぜ。客人もてなす気ないだろ?」
「……そうね」
言葉少なに、ナ・プラダの言葉に同意するアルル。完全に悪口のはずだが、返ってきたのはまさかの同意。話を聞いている様子が全くない。
リアクションに困ったナ・プラダは頬をコリコリとかく。ただ、もともと何かあったのかと、追及するタイプではない。なので、「まぁ、そんなときもあるだろ」とナ・プラダは気にした様子もない。
対してアルルの心境といえば、荒れ狂う大海のようであった。原因はもちろん、風の大精霊ネヌファとの、契約破棄の事である。
(ネヌファの存在を全く感じない……)
勇者に選ばれた者は、まず大精霊を身近に感じるものだ。それが強大な存在ゆえに。そして何より誇りに思う。
他の者から見て、気もそぞろなのは、選定の儀で勝ち抜き、勇者として認められた時からの相棒である、ネヌファの気配のようなものを、今は全く感じないからだ。
チラリとナ・プラダを見るアルル。頭で手を組み、お気楽そうに少し前を歩く、彼女の表情は見えない。しかし、組んだ手の甲には、契約者の証がある。火の大精霊ウルカヌスのものだ。脳天気に歩くナ・プラダに、ほんの少し嫉妬してしまうアルル。
大精霊は、何も用がない時は、姿を隠している。というのも、顕現するだけでエネルギーを消費するからだ。それも契約者の。
無契約状態である場合は、自分の力を消費しているが、そもそもそんなことに意味はないため、結局は用がなければ、姿を表す必要もないということになる。
アルルの頭に、他の大精霊に聞くことが浮かぶが、そうするとナ・プラダやラーラの魔力が消費され、彼女達に「どうして?」という疑問を持たれてしまう。
今の自分を恥じているアルルは、他の仲間に知られる事を、恐れていた。
そして何より―――
(心細い……)
いつの間にか依存してしまっていることに、彼女自身の自覚はなかった。
『くっ……この……!!』
「すげえな、これ。さすがアレクサンドロス製だぜ。『欲望の都』とはよく言ったもんだ。自分達がいい目見るために、他者を虐げることに、なんの呵責も無さそうだもんな」
黒く蠢く靄で造られた魔方陣の中心。四方から延びた、靄の蔦で縛られているのは、アルルに契約破棄を告げた、風の大精霊ネヌファ。
なんとか逃れようと身をよじるが、蔦が引きちぎれそうな様子はない。
その様子を見て嫌らしく嗤っているのは、背中部分に己の尻尾を飲み込んでいる龍を象ったマークの入った、黒いローブをまとう男。
アカツキが見れば、一目で気づくだろう。
『終末結社ウロボロス』の関係者だと。
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