第20話 ゼッちゃんとシルファ

「まずは一詫び。申し訳なかった」


 エルフの族長ダズの一声で、ドワーフの族長『ラウリ』、ハーフリングの族長『ルロフス』並びにその世話役、そして自称勇者たちが正座で頭を下げる。訂正しよう。エルフの勇者アルル以外は、いわゆる土下座を敢行した。


「……頭を上げろ、ダズ。他の皆も」


 若手三人にはさすがに荷が重かったか。もはや一行の代表たるゼファーが、口を開いた。しかし、どうもゼファーは一同を知っているような態度を見せる。どういうことかとゼファーを見ていると、アカツキと視線が合った。

 流石は年の功というか長年の付き合いと言おうか。アカツキの『?』を正しく認識するゼファー。


「いくつか誤解があるんだが、そもそもこの亜人領域内で差別などはない……いや、なくそうとしているんだよ。だからさっきの話とは矛盾しない。差別は未だに根強く存在しているからな」


 ゼファーが切り出した話を要約すると、次のようになる。


 元々は、今大っぴらに知られているように、ハーフに対する差別はあったようだ。

 ただ、ある出来事がきっかけでハーフに対する認識が一転する。


「私と先程の……なんといったか……?サ、サル……まぁ、いい。精霊術の違いを感じたか?」

「あ、うん。詠唱が違ったね」

「そう……出てこい、シルファ」

『はーい!』


 そう言うや否や、風が集まったかと思うと、どうしてかうっすら緑色に輝く、一人の少女のような形をした存在が姿を現す。ただしサイズ感が人とは全く違う。掌に載る程度の大きさで、精巧に作られた人形のようである。それが意思を持って動いている。人と違うところは、背中に羽が生えているということだろうか。可愛らしくピクピクと動いている。


「……なにそれ?」

「精霊だ」

「え? 精霊?」


 アカツキたちリーネット側の人間は、ゼファーの肩に座るシルファを間近でしげしげと見つめた。シルファは身の置き所に困ったが、行き場が無く身をよじるのみ。


『う゛……ちょっと! もうちょっと離れてよ! 見るのはいいから……』


 激昂したと思ったら、すぐにモジモジする。感情の起伏が激しいシルファ。コロコロと変わる感情がほほえましい。ただそれは見る側の問題であって、見られる側のストレスは相当なものである。見るのはいいと言いながらも、シルファはいきなり実力行使に出る。


『もう! ちょっと離れなさいよ!』


 両掌を突き出した途端に、突風が吹き荒れ、アカツキたちは部屋の端へと飛ばされた。三人は絡まって折り重なっている。

 それをよそにシルファはゼファーに抱きつく。顔面に……


『ゼっちゃーん』

「頼むから人前でゼッちゃんは勘弁してくれ……」

『前向きに検討します』

「それは絶対やらないやつじゃないか……」

『えへっ♡』

「……やれやれ。無事か、お前達」


 亜人と精霊のバカップルという稀有な存在に、恋人のようなやり取りを目の前でやられ、部屋の大半の人物が砂糖でも吐きそうな顔をしている。気を使ってもらってなんだが、婚約者の居るアカツキと、恋人すらいないレビンとエドは、放っておいてほしいと思った。だが、おかしいことに気付くことはなかった。


 ―――アカツキたちだけが風の影響を受けたということに。






「中級精霊?」

「そういうことだ。人間が女神カリーナを信仰するように、あじ……妖精種は精霊王『ミトロ・ヴナ・マルヴァ』という存在を信仰している」


 思わず亜人と言いそうになったゼファー。もう別に亜人でいいんじゃないかと思わないでもないが、かなりデリケートな問題であるため、出来るだけ気を付けるようにしている。


「つまり、だ」


 いきなり口を挟んできたエルフの族長ダズ。他の族長は話す気が無かったり(ルロフス)、居眠りをしていたり(ラウリ)と、関わる気があまりないようだ。


「精霊王は憂いておられたのだ。純血に近い物しか精霊と戯れることが出来ないことに」

『だからあたしたちが来たってわけさ~』


 シルファによるセリフの横取りが行われ、話はさらに進む。


『精霊術を行使できないハーフ? でも人間よりは血が濃いからね。精霊王様は力の強い中級精霊を、ハーフたちと契約できるようにしたんだよ』


 ハーフエルフは『風』、ハーフドワーフは『火』、ハーフリングのハーフは『水』の中級精霊と契約できるようにした。ハーフリングのハーフとはちょっとややこしい。


「普通の妖精種は、呪いまじないを用い精霊を言葉でコントロールするのだ。先ほどのサルマのように」

『あれは下手くそだったね。なんであんなに偉そうにできるのか理解できないよ』


 対して中級精霊と契約に成功できれば、意思疎通が可能になるため言葉が少なくて済む。ゼファーがやって来たのはそれだ。たった一言で思い描く現象が違えば、絵を描ける限り、精霊側が勝手に解釈して術が発動される。


 とにかく、型は違えど、力を手にすることは誰でも可能という状態まで持っていけた。後はいかに使いこなせるようになるかというだけの話であり、そこからは本人の努力次第という所までこぎつけたのだが。


 擦り込まれた負け犬根性はそうそう抜けないというのが、族長たちの悩みの種だという話である。


 ―――自分たちにそんなことできるわけがない。

 ―――そんな都合のいい話があるわけない。


 卑屈になった人に、耳心地のいい言葉は素直に入ってこないのだ。


「私とて、それができるようになってもう二十年近い。それまではコイツで何とか頑張っていたんだよ」


 そう言ってゼファーは腰の細剣をポンポンと叩いた。


「二十年って……俺が生まれる前より何とかしようとしてて、未だに浸透してない……?」


 家によっては代替わりが済んでいるくらいの年月である。ちょっと呑気すぎはしないだろうか。現にハーフは未だに狙われているわけであるからして。


「世界は広い。私のような存在はなかなか現れないからな。知らない所で頭角を現しているやもしれぬが」


 一人で発信できる情報など知れているとゼファーは言う。


「ただ、妖精種の血が濃いほうが今度は不満を持ち始めてな」


 アカツキたちは、レムリア姫の治療のための薬草を採りに来たのであるが、どうして種族問題を話してこられるのかわからなかった。


 ―――興がのったのか。


 ―――話の流れを見失ったのか。


 茶々を入れるのも憚られ、亜人の問題のあれこれをアカツキたちはさらに聞く羽目になる……

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