第19話 イキりたおすエルフ

「行くぞ! 人間!」

「アカツキだってさっきから言ってんだろうが……」

「人間の名前なぞ覚えるつもりはない!」

「あっそ……」


 もう流れに身を任せることに慣れてきたアカツキは、結局決闘に挑むことになったのだが、サルマのイキりかたが半端ではない。どれだけ人間が気に入らないのか。

 アカツキにとって異種族とは、別にどうとも思わない存在である。言葉は通じるし、話も通じるのだ。協力して事に当たれる可能性がある以上、村という所に住んでいた身としては、特に嫌う理由もないのである。現に関にいたエルフとは、普通に会話が出来ていた。なれば、目の前でイキりたおすエルフは―――


血統主義者レイン・プルートというやつか……)


 門衛から注意を受けていたにも拘らず、この体たらく。全くもってままならないものである。早く薬草を摘んで、レムリアの薬を調合しなければならないというのに、こんなどうでもいいことで時間を取られている。こんなことなら挨拶などに出向かず、とっととデザートトライアングルとやらに行けばよかったと、内心ぐちぐちのアカツキ。


 決闘を受けざるを得ない状況に追い込まれたアカツキは、渋々受諾。すぐに場が整えられ、二人は対峙した。場と言っても大したものではなく、もともとあった広場をそのまま使用するといったものだ。見物人がその外に出ただけである。


 サルマは短めの木剣一本、アカツキはここに来るときに身に付けていた、手甲と脚甲をそのまま持ち込んだ。というより、着の身着のままである。

 サルマが木剣であるのは、殺し合いではないという、体裁を整えるためである。ダズが『殺しは厳禁』と言ってはいるが、一方で『何かが起きても恨みっこなし』と予防線を張るのも忘れない。しかし、サルマの様子は、どう贔屓目に見ても、不慮の事故を起こす気満々である。


 どうなったとしても、新たな火種が生まれそうで、どうしようかと思っているアカツキだったが、合図も何もなしにサルマはいきなりコトを起こした。決闘開始である。


「ゆくぞ、人間!」

「!」


 何をどう言おうと、すでに逃れることは出来ない。ならばせめて、五体満足で終わることを目的に据える。手足を斬り飛ばされるなど論外である。あれほど好戦的なら、ゼファーほどではないが、それに匹敵する強さを持つ可能性があるのだ。戦いに対する恐怖というものを、サルマからは全く感じない。


(どれほど強いか知らんが、ゼファーさんほどじゃないだろ!)


 この場で唯一、力を振るうことを許されたアカツキは、即座に力を体に行き渡らせる。先手は譲る。アカツキは回避に全力を向けることにした。






「我が声に応えよ精霊。我に立ち塞がりし困難を斬り裂け風よ。集まり型為し斬り裂け風よ。我が願い聞き届けよ精霊―――」


(……? 長くない?)


 ゼファーや関のエルフは『風よ』の一言で様々な風を操っていた。だが、サルマは未だに目をつぶり、グダグダと詠唱を続けている。今突きを一発入れても簡単に入ってしまいそうである。


 一思考入れたアカツキだったが、それでもまだサルマは脳天気に詠唱を続けている。


(……殴っていいんだよな?)


 今一つ腹の決まらないアカツキだったが、ここで一当てすることにした。アカツキの装備する、ナーガ戦でおかしな音を立てた革の手甲。完全回復まで時間を持て余したアカツキは、ギブス商会へ足を運び、エヴァンスの娘のレイチェルにそういったことがあるのかと尋ねたのだが、レイチェルは首をひねるばかり。そんな得体のしれないものを売っているとなれば、商会の名に傷が付くと、アカツキで実験を開始したのだ。


 そして発覚したのは、剄という力は革や骨といった動物性の物を強化するというものだった。鉱石などでできた製品は全く変化がないということで、その力は有機的なものを強化する力ではないかという推論が、確かなものとなった。これで、ちょっとグレードが下がる武器防具でも想定以上の強度を発揮するということで、アカツキは喜んだ。

 一方でガッカリしたのがレイチェル。実験前に聞かされたアカツキのとんでもない出世話に、金づる間違いなしと踏んだのだが、幾ら高い物を勧めても、「いや、強化したらいいだけだから」と取り付く島もない。

 結局タダで実験してあげたという、悲しい事実のみが残ったのだった。いつかむしってやろうという、物騒なことを考えていたことをアカツキは未だに知らない。


 そんなこんなで、ほぼ初心者装備ながら、かなりランクの高い魔物でも、アカツキの実力次第でどうにでもなりそうな手甲で、サルマの鼻持ちならない横っ面をぶん殴ってやろうと、蹴り足に力を込め思い切り飛び出した。


 本人的には呑気ではないのだろうが、アカツキを完全になめてかかっていたサルマは、風の乱れを肌で唐突に感じた。

 普通、術師は詠唱を邪魔されないように、何かしら仕込みを行うものだが、アカツキと言うか、人間という生き物を侮っていたサルマは、対策を何も取らなかった。詠唱をしながら、考え事をするというある意味器用なことをできるこの男。はけっこうできるのかもしれない。戦いに臨む態度とは到底思えないが。


 両目を開ければいいのに、わざと片目だけを開けるというキザなことをやってのける―――


 ―――そこには腰だめに拳を構え突撃してくるアカツキの姿が。


(なんっ)


 ゴッ!


 型も何もない、ただ振り回しただけのアカツキの拳が、サルマの頬を直撃。ギュルルと錐もみ状に殴り飛ばされたサルマは、そのまま頭から場外に落下。ズベシャと効果音すら無様に感じられるほど、みっともなく大地へ滑り込んだ。


「……」


 声も音も立てないサルマ。


「「「「「……」」」」」


 サルマが道化すぎて、声も出ない亜人サイド。


「「ぶふっ」」


 笑いをこらえるエドとレビン。そして無表情のゼファー。だがゼファーの右手はなぜか右腿をつねっていた。


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