第18話 エーヴィヒカイト
「エーヴィヒカイト様、ですか」
「然様。世界を見守る大樹、それがエーヴィヒカイト様だ」
「はぁ……」
それが身近にある者なら、それで納得するのだろう。あちら側とこっちの亜人はうんうん頷いているのだが、そんなふわっとした言い方で、ついこないだ田舎から出て来たアカツキに、伝わるはずもない。必然、返事はなんだか気の抜けたものになってしまう。
だが、それを目ざとく見つけた者がいる。もちろんアカツキの縄を引いているエルフだ。端正な眦を吊り上げ、アカツキに食って掛かる。
「キサマ! 何だ、その腑抜けた返事は!」
(うわぁ、めんどくせぇ……さっきからなんなんだよ、コイツ)
ギャーのギャーのと涼しげなルックスで騒ぐので、何だか余計に腹立たしいアカツキ。鼻でもつまんでやろうかと、手を動かそうとすると、顔の周りでふわりと風が凪いだ。まるで何かを探るように付きまとうので、鬱陶しい事この上ない。蚊を払うように顔の周りを手で払っていると、声のような何かが聞こえてくる。
(―――キ。――ツキ。アカツキ。)
初めはうっすらと、そして徐々にハッキリと聞こえてくる、聞き馴染んだ声。
(……ゼファーさん?)
(こちらでも様子を見ている。今は動くな)
本当に何でもできる人だなと感心する。付き合いも長く、ぶら下げている肩書も確かなものなので、安心して従うことにした。目の前には、端正な顔をしたエルフがこちらを睨み付けているが、そんなこと知ったことではない。
「……というわけなのだが。そんなに退屈かね? 私の話は」
「えっ? あっいえ……そのう……」
どうやらゼファーの声を聞いていたり、エルフを意図的に無視していたりしたことで、ダズの話が右から左になっていたようだ。話が全く頭に入っていないので、退屈かどうかもわからない。
「ダズ様」
「何だ、サルマ」
どうやら、サルマというらしいと、今知ったアカツキ。決意を秘めた眼差しで、いきなり割って入ってきたこのエルフは、ダズに一つ提案をしてきた。
「この者は、エーヴィヒカイト様に呼ばれている。そうですね?」
「そうだ。それがどうした?」
(え? なにそれ?)
薬草を取りに来たと、連絡がいっているはずなのに、全然話が見えない。世界を見守る大樹が、一体何の関係があるのか? 疑問は解消されないまま、話は進んで行く。
「僕は常々思うのです。どうして神樹様は、人間などを気にかけるのか?」
(それは俺も知りたい)
全くの初耳だが、周りに困惑するような空気が生まれないことから、どうもさっき聞き逃したダズの話は、この事だったのかと推測がたった。
「僕はそれが気にくわない」
(……周りに何人か同調者がいるな)
顔をしかめる者と、サルマの意見に頷く者。おおよそ十人強の人数のうち、ほぼ半々で対応は別れた。
ギロリ、とサルマはアカツキを睨む。
「僕はキサマに決闘を申し込む」
「いやいや。なに言ってんの? 嫌に決まってるでしょ」
「逃げるな。これはこの場の総意だ」
おいおい、と周りを見ても、止めようと動こうとするものはいない。……いや、やはりあの子だけは、空気を読まずにダズに食って掛かっていた。
「何でこんなことになるのよ! お父さん!? 何か言ってよ!」
「……正直なところ、私にも同じ疑問があるのだよ」
「だからって、何で決闘なのよ! 話してわかる人かもしれないじゃない!」
「……古来より、人を納得させるのは力だ。己を貫きたくば、力でねじ伏せるしかない。そうすれば、我々も納得せざるを得ない」
若干、おかしなニュアンスを含む言葉を吐くダズ。
それを同意ととったのか、サルマは勢いづく。
「それにこれを見ても、キサマは拒否できるかな?」
右腕を高らかに挙げ、指をパチリと鳴らすと、アカツキが歩いてきた道の奥から、ゼファー達三人が、縄で拘束されながら、連れられてきた。三人ともに刃物が突きつけられている。
さっきゼファーと話をしてからそれほど間がない。なればさっきの時には、すでに囚われていたのか。
「アンタら……」
然るべき手続きを取り、道中、人を助けながらやって来た、亜人領域。
何ら後ろ暗いところはないのに、どうしてここまでされなくてはならないのか。
ただ、薬を調合するために必要な材料を、取りに来ただけなのに。
アカツキの顔を見て、歯向かう意思がないと感じたのか、調子づいたサルマはさらにいい募る。
「僕はキサマが気に入らない。神樹様に気にかけてもらっているところが! だから僕が直々に相手をしてあげよう! この『暴風』のサルマが!」
もう何で怒っているのかもわからないまま……いや、どうやら神樹様とやらに何か関係があるのが、気に入らないようである。だが、それがわかったからと言ったところで、決闘がなくなるわけではない。
そもそも、アカツキには選択肢がない。故に、この流れに乗らざるをえなかった。
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