第16話 急転直下

「とりあえず、ウチの集落に行きましょうか。お嬢を連れて帰らなきゃダメですし、この人たちこのままにしておけないでしょ?」

「えっ? 私?」


 いきなり普通に喋り出すラーラ。アカツキたちは驚くが、お嬢と呼ばれたキリリは違和感を感じている様子はない。どうやらこちらが地のようである。


「それはそうでしょ。勝手に出歩くなって言われてるのに、こんなところまで来てさらわれそうになって。よそ様に迷惑までかけて。おまけにアルルちゃんまであんなになっちゃって。全部キリリちゃんのせいよ。自覚ある? ないよね?」

「ぬぐっ」


 お嬢とは思えない言葉が漏れるキリリ。だがラーラはああ言うが、異論が出ないところを見ると、この惨状を見て、さすがに何か思うところがあるようである。ムスッと黙り込むと、ぷいっとそっぽを向いた。


「……まったく。ほら、プーちゃんも。いつまでも正座してないで。アルルちゃん背負ってくれる?」

「……え? お、おうっ……あっ、プーちゃんて呼ぶなって言ってんだろ!」


 勢い込んでそう言い、いそいそと立ち上がる……ろうとすると、「くわっ」と軽く悲鳴を上げ、倒れ込んだ。プルプルしながら足をさすっている。


「……何してんの?」

「足がしびれた……」


 ラーラは深くため息をついた。






 中央に向かうにつれ、陽の光が差し込む量は徐々に減ってきている。それだけ森が深くなってきているからだが、どういうわけか息苦しさを感じない。こんな奥深くなら歩くのも一苦労なはずだが、人の行き来はあるのか、自然にできた道が出来ており、歩くのにさしたる苦労もなかった。


 人数が多いため「ざっざっ」と軍人の行進のような音を立て、一同は中央集落へと向かっている。先頭はゼファーとキリリ。遅れることアルルを背負ったナ・プラダにラーラ。その後ろに難民、そして殿はアカツキたち若手三人組だ。

 どうしてこの並びになったのかと言えば、世間を良く知るゼファーと中央の娘さんたちに、仲立ちを頼みたかったからである。ハーフエルフの扱いを見るにゼファーを矢面に立たせるのはどうかという意見も出たのだが、「問題ない」の本人の一言で、この隊列となったのだ。




 そんな道中、若手三人組に近づく一人の幼女の姿があった。


 水の勇者ラーラである。


「ねえねえっ」

「ん? アンタは確か……」

「あたしっ、水の勇者ラーラっ。よろしくっ」

「おっ、おう……よろしく」


 亜人にも握手の文化はあるのか、にこやかな顔で手を差し出してくるラーラ。この娘は勇者を名乗ることに抵抗が無いようである。

 応待していたレビンは、あまりにもフレンドリィな態度に若干どもった。あまりにも、世間の一般常識とかけ離れていたからである。エドも言わずもがな。アカツキにはそういった感情はない。田舎暮らしゆえ、せっかくの労働力をそんなことで損なうなど、意味が分からないからだ。


 それにピンと来たのか、ラーラは補足説明をする。人差し指をした唇に当てて、若干受け口。あっちの方向へ視線をやる仕草。有体に言ってあざとい。


「ん~……昔の人はそうだったんだけどねぇ……若い子はそんなでもないんだよっ。ただ各家庭の方針っていうのがあるからねっ。全くない子から、ひたりきった子までいろいろなんだっ。あたしとプーちゃんはそうでもないんだけどねっ。アルルちゃんはちょっといろいろあって……」


「おまけに寿命が長いから、そうそう意識は変わらないんだっ」と、とてもありがたい説明をしてくれたラーラ。全てを鵜呑みにすることは出来ないが、今現在のあり方を教えてくれたのはとてもありがたいと思った三人。とりあえず、あまり気にすることなく普通にしていれば問題なさそうだと―――






 ―――そんなことを思っていた時もありました。






「……どういうこと? ゼファーさん」

「どうもこうもあるまい。一言で言えば『信用が足りなかった』ということだ」


 太陽の光も入ってくることがない地下牢。どう見ても木だが、あり得ないくらいの強度を誇る何かでできている格子が、彼らの行動を妨げる。そこそこの広さを持つ牢屋の一つに四人は放り込まれていた。ご丁寧に一人ずつ別々に。全ての牢が片方に並べられており、お互いの顔は見れないようになっている。だが、どうやら牢屋越しに話すのは出来るみたいなので、割と大声で話しているのだが、今のところ獄卒が出てくる様子はない。


「一応、王様からの命令書見せたんだよね」

「勿論だ。これを見せれば危害は加えられないと思っていたのだが……アレジのやつめ、適当なことを言いおって」

「俺も陛下からそのように言伝られましたが……どういうことでしょう?」


 ゼファーはアレジから仕事を受けるときに、細かい話をしている。ゼファーが受けたのは、個人的な理由もあるからだが、いきなりぶち込まれるなんて話は聞いていない。

 エドはエドで、全面的に王を信頼しているという理由で、さほど危機感は抱いていなかった。そもそもここへ来たのもアカツキを一人で行かせるなという、王の気配りの結果であり、ゲーアノートもアカツキの知識を欲する故、今のところ自分に命の危険がないからと、エドとレビンを送り出したのである。


 一同に取り立てて、とっ捕まる理由が浮かばないので、これ以上議論が進むわけもなく、やがて静かになる。これなんでできてるんだ? という不思議にとり憑かれたアカツキは、格子を拳の裏でこんこんとやっている。そんな風に各々時間を潰していると、牢にコツコツという足音が響く。やがてそれは、四人のうちの一つの牢の前で止まった。


 その者はエルフのようだ。勿論判断材料は耳。長いところを見ると純血に近いと思われる。せっかくの男前が、冷たい視線、見下すような偉そうな態度で台無しになっている。後ろには護衛と思わしき背は低いが屈強な筋肉をしている、ひげ面の男たちが二人、槍を持って立っていた。恐らくは護衛だろう。


「貴殿がアカツキか。族長たちがお呼びだ。出ろ」

「え? 俺?」

「貴殿以外にアカツキがいるのか?」


 予期せぬ事態に、四人は首をひねる。


 ―――訂正しよう。は首をひねっていた。もちろんアカツキを含む、ということである。急転直下、とはこのことである。

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